元モーグル日本代表の上村愛子さん(46)に、子供はいません。2009年に元アルペンスキー選手の皆川賢太郎さんと結婚し、2023年12月に離婚するまでのおよそ14年半、出産の発表は一度もありませんでした。
なぜ子供がいないのか。この点について、上村さんも皆川さんも公の場で理由を語ったことはありません。ネットでは「難病のせいでは」という声も見かけますが、裏付けのある話ではありません。上村さんが生まれつき抱えている心臓の病気はごく軽いもので、本人は症状を感じたことすらないと話しています。
この記事では、結婚から離婚までの流れ、心臓の病気について本人が明かした内容、そして両親や兄のことを、報道とインタビューをもとにまとめました(情報は2026年10月時点)。
上村愛子に子供はいる?結婚から離婚まで子供はいない?上村愛子の娘も

上村さんに子供はいません。本人のSNSを見ても、新聞やスポーツ紙の報道をさかのぼっても、出産や子育てを伝えるものは見当たりません。
皆川賢太郎との結婚生活と子供(2009〜2023年)
2人の歩みを年表にすると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2007年6月 | 野沢温泉のイベントで再会し、交際がスタート |
| 2008年12月25日 | 東京タワーが見える場所で皆川さんがプロポーズ |
| 2009年6月11日 | 婚姻届を提出し、都内で結婚会見 |
| 2010年2月 | 夫婦そろってバンクーバー五輪に出場(上村さんは4位) |
| 2010年9月26日 | 挙式 |
| 2014年3月 | 上村さんが全日本選手権を最後に現役引退 |
| 2023年12月9日 | 離婚 |
| 2024年10月2日 | 連名の文書で離婚を公表 |
もともと2人は、顔と名前を知っている程度の間柄だったそうです。皆川さんは会見で、野沢温泉のイベントで久しぶりに会って食事に行き、考えをはっきり言葉にする上村さんに惹かれたと明かしています。上村さんのほうは、最初は近寄りがたい人だと思っていたとか。自身もかつてアルペンをやっていたので、皆川さんは雲の上の存在だったと振り返りました。
バンクーバー五輪を待たずに入籍を発表したのは、関係を隠したまま五輪シーズンを過ごすより、早く伝えて競技に集中したかったからだと皆川さんは説明しています。
同じ会見で上村さんは「今まで上村で頑張ってきた」と話し、国内外のファンに覚えてもらった名前のまま競技を続けると説明しました(オリコンニュースの結婚会見一問一答)。
結婚した時点で上村さんは29歳。その後もバンクーバー、ソチと2度の五輪に挑み、引退したのは34歳のときでした。引退後は解説や講演、スキーの普及活動へと仕事の軸を移しています。
「上村愛子の娘」は存在しない
検索候補には「上村愛子 娘」と出てきますが、娘がいるという事実はありません。養子を迎えたという報道もなく、ネット上で語られる「娘」の話には、確認できる出どころが見つかりませんでした。
子供と関わる仕事なら、むしろ多いほうです。2022年には子ども向けの絵本『ゆきゆきだいすき』(小学館)で作画を担当しました。皆川さんが会長を務める一般財団法人「冬季産業再生機構」のプロジェクトで、上村さんはiPadでイラストを描きました。雪が降らなくなるかもしれない未来を入り口に、温暖化を子どもにも身近に感じてもらう一冊です(神戸新聞NEXTの紹介記事)。主人公の名前は上村さんと同じ「あいこ」ですが、もちろん物語の登場人物です。
上村愛子に子供がいない理由は公表されていない
子供がいない理由を上村さんが語った記録は、探した範囲では見つかりません。皆川さんも同じです。「あえて子供をつくらなかった」「授からなかった」といった話は、どれも第三者の推測にすぎません。
事実として確認できるのは、結婚後の約5年間、上村さんが第一線の選手だったということです。バンクーバー五輪のあとに1シーズン休み、2011年に復帰してソチを目指しました。とはいえ、本人がこの時期の競技生活と子供のことを結びつけて話したことはありません。
離婚発表の文書に「子供」の話は出てこない
2人は2024年10月2日、上村さんのインスタグラムに連名の文書を載せ、前年の12月9日に離婚していたことを明かしました。理由として書かれていたのは、引退やコロナ禍を経て、お互いの人生観について話し合う機会が増えていったこと。時間をかけて話し合った末の結論だといいます(デイリースポーツの離婚報道)。
文書のなかで2人は、競技者として世界の頂点を目指すなかで出会い、支え合う存在として2009年に夫婦になったと振り返っています。離婚から公表まで10カ月ほど空いたのは、冬のシーズンとパリ五輪が終わり、落ち着いた時期を選んだためだと説明されていました。
文書の終わりには、次世代や子供たち、冬季産業の未来に貢献したいという一文があります。ここでの「子供たち」は社会の子供たち全般を指していて、2人の間の子供のことではありません。夫婦という形は終えても、今後は「人生の戦友、同志として」関わっていくと結ばれていました。
上村愛子の難病とは?

「上村愛子 難病」と検索される背景には、上村さんの生まれつきの心臓病があります。病名は心室中隔欠損症。心臓の左右の心室を仕切る壁に穴が開いている状態で、新生児のおよそ100人に1人に見られる先天性心疾患のなかでも、特に多いタイプです。穴が小さい場合は、乳幼児期のうちに自然にふさがることもあります。
心臓の穴は手術不要、症状を感じたこともない
2026年7月、読売新聞の医療サイト「ヨミドクター」の連載「一病息災」で、上村さんはこの病気について詳しく語りました。主なポイントは次の4つです。
- 生まれつき心室中隔欠損症と診断されていた
- 4歳のときに全身麻酔でカテーテル検査を受け、穴は完全にはふさがっていなかったものの、手術は必要ないと判断された
- 母親によると、穴は針の先よりも小さい。小さいぶん血液が通る音が大きく、健康診断のたびに心雑音を指摘された
- 10代でナショナルチームに入ってからも、コーチには病気のことを話していなかった
本人は「症状を自覚したことはないんです」と話しています。ネットには「自然に治った」と書く記事もありますが、本人の説明では、穴は残ったまま治療の必要がない軽いケースだったということです。
心臓の病気と子供がいないことの関係は確認されていない
心臓の病気が出産に影響したのでは、という見方もネットには出回っています。ただ、本人がそう話したことはなく、報道で伝えられたこともありません。子供がいない理由そのものが明かされていない以上、病気と結びつける根拠はないのが実情です。
競技人生を振り返っても、病気が足かせになった様子はうかがえません。1998年の長野から2014年のソチまで五輪5大会連続で入賞し、2007-08シーズンにはワールドカップで日本人初の種目別年間優勝、2009年の世界選手権では2冠を手にしています。
上村愛子の家族構成|父親・母親の両親と1歳上の兄

上村さんの家族として公表されているのは、両親と1歳上の兄です。
| 続柄 | 分かっていること |
|---|---|
| 父親 | 元公務員。母親とともに長野県でペンションを経営 |
| 母親 | 元公務員。心臓の病気を心配しながら娘を見守ってきた |
| 兄 | 1歳上。幼いころは一緒に外遊びをし、雪山にも連れて行ってくれた |
| 元夫 | 皆川賢太郎さん(2009年結婚、2023年離婚) |
| 子供 | いない |
両親は公務員からペンション経営へ
上村さんは1979年12月9日、兵庫県伊丹市で生まれました。
2014年からは生まれ故郷の伊丹大使も務めています。両親はもともと公務員でしたが、ペンションを開こうと長野県へ移住します。上村さんが2歳のころのことです(2026年の読売新聞の記事では3歳と紹介)。最初に暮らしたのはエコーバレースキー場の近くで、小学校に上がるときに白馬村へ移りました。
移住の理由について、上村さんは2015年のインタビューで、自分に心臓の病気があったことと、テニスなどスポーツ好きの両親がペンションをやりたがっていたことを挙げています(Challenge+の上村愛子さんインタビュー)。読売新聞の取材では、病気の娘のためだけではなく、スキーブームの時代だったことや、家族で過ごす時間を増やしたかったことも理由だったと聞いている、と答えました。
ペンションはスキー場の目の前でした。家の前でプラスチックのスキーを履いたのが3歳のとき。引っ越していなければスキーヤーにはなっていなかったと、本人は笑って振り返っています。
父親と母親について本人が語ったこと
インタビューでよく登場するのは母親です。
母親は心臓の病気をかなり心配していたものの、検診で会う同じ病気の子たちと比べて、娘は顔色もよく元気だと感じていたそうです。2009年の結婚会見では、母親が安心できる相手でなければ結婚はできないとも話しました。現役最後のレースを描いたNumberの記事には、母の言葉が背中を押してくれたという見出しがついています。
父親については、上村さん自身が詳しく語った記事がほとんどありません。両親そろって公務員からペンション経営に転じたこと以外、名前や現在の様子は公表されていません。
なお、2009年の結婚会見では、皆川さんが前年の秋に亡くなった父親にも結婚を報告したかったと話す場面がありました。これは皆川さん自身の父親の話です。上村さんの父親のことではないので、混同しないよう注意してください。
兄は1歳上、兄弟について分かっていること
これまでのインタビューに出てくる兄弟は、1歳上の兄です。ほかに兄弟姉妹がいるという情報は見当たりません。
幼いころの上村さんは、夏は木登りをするなど一日中兄と外で遊んでいたそうです。冬になると、兄やペンションでアルバイトをしていた大学生に雪山へ連れて行ってもらい、滑り方を教わりました。
兄の名前や職業、家族構成は公表されていません。ネットには「兄に子供がいる」と書く記事もありますが、確かな出典は見つかりませんでした。
現在の上村愛子|白馬村を拠点に解説と環境活動
上村さんは2023年ごろ、生活の拠点を東京から地元の白馬村に戻しました。2026年2月の文春オンラインのインタビューでは、東京の速い流れのなかで自分を保つことに息苦しさを感じ、コロナ禍で内省を重ねるうちに、白馬に戻らなければこの先の人生が見えないと思うようになったと話しています(文春オンラインのインタビュー)。
皆川さんとの関係は離婚後も続いていて、同じインタビューでは「今でも一番の理解者」と表現しました。何かあれば相談したいし、頼ってもほしい相手だそうです。
白馬での暮らしは、ときに不便でも毎日が心地いいと話します。現役時代は明日笑うために今日を頑張ってきましたが、いまはこれからの人生を笑うために、穏やかに日々を過ごすことを大切にしているといいます。
2026年2月のミラノ・コルティナ五輪では、モーグル中継の解説を担当。男子決勝では難しい採点を分かりやすく言葉にし、試合後には銅メダルの堀島行真選手をねぎらう姿も中継に映りました。解説の分かりやすさはSNSでも話題になっています。雪資源を守る「SAVE THE SNOW」のアンバサダーとして温暖化の問題にも向き合い、白馬の自然を撮った写真をインスタグラムで発信しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 上村愛子(うえむら あいこ) |
| 生年月日 | 1979年12月9日(46歳) |
| 出身地 | 兵庫県伊丹市(長野県白馬村育ち) |
| 出身校 | 長野県白馬高校 |
| 主な成績 | 五輪5大会連続入賞(1998年長野7位〜2014年ソチ4位)、2007-08年W杯種目別年間優勝、2009年世界選手権2冠 |
| 現在の拠点 | 長野県白馬村 |
まとめ:上村愛子に子供はいる?いない理由と難病説の真相、結婚・両親・父親・兄の家族構成
いかがでしたでしょうか。
上村愛子に子供はいる?いない理由と難病説の真相、結婚・両親・父親・兄の家族構成についておつたえしました。
幸せそうな人生華やかそうな人生に見えても苦労の多い上村愛子です。これからも応援し続けようと思います。
リンクせず本文で出典名のみ示したもの
- 読売新聞(ヨミドクター)連載「一病息災」上村愛子さん回(2026年7月7日配信):両親が元公務員、1歳上の兄、心臓病の経過の主要出典です。
- デイリースポーツのミラノ・コルティナ五輪解説記事(2026年2月13日):男子モーグル決勝の解説、堀島選手をねぎらう様子、SNSの反響を確認。リンク数を5本に抑えるため本文には設置していません。
- Number「上村愛子『母の言葉が背中を押してくれた』」(2021年3月3日):見出しの存在のみを記載しています。

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