2002年日韓ワールドカップのベルギー戦で、右足のつま先で同点ゴールを決めた鈴木隆行さん。妻はモデルの橋本優子さんで、2009年に結婚しました。子供は2010年生まれの長女と2013年生まれの長男の2人です。
先に父のサッカー教室に通ったのはお姉さんで、まだうまく蹴れない弟のためにボールを押さえてあげたこともありました。夫婦のインタビューや本人の取材記事をもとに、子供たちの今の年齢、茨城県日立市の実家、自宅での過ごし方までまとめます。
鈴木隆行の妻はモデルの橋本優子

橋本優子のプロフィール
橋本優子さんは、高校2年生でデビューしたモデルです。ファッションショーやCM、雑誌で活動してきました。
所属事務所のフロント公式プロフィールによると、身長は168cm。1995年から2000年まで資生堂、2000年から2007年まで扶桑社のファッション誌『LUCi』と契約していました。
同じプロフィールには、『LEE』『STORY』『non-no』『Oggi』などの雑誌、ユニクロ「フリース」やソニー「VAIO」などのCMが並んでいます。結婚後も、モデルの仕事を続けています。
結婚後は夫婦そろって雑誌に登場
2021年6月、夫婦は集英社の女性誌『LEE』と男性誌『UOMO』の合同企画にそろって登場しました。
LEEwebの夫婦インタビュー(2021年)では、家の香りや家事の分担が話題に。橋本さんは結婚や出産を機に、華やかな香りより、夫や子供の服から香っても自然なさわやかなものを選ぶようになったと話しています。
鈴木さんは、夫婦の家事分担はサッカーに似ていると答えました。子供の歯磨きや寝かしつけの時間を先読みして自分から動けば、妻の負担が減るという考え方です。
鈴木隆行の彼女だった橋本優子との馴れ初めと結婚
2人の結婚は2009年です。デイリースポーツの夫婦2ショット記事(2026年1月)も、鈴木さんが09年に結婚を発表したと伝えています。
当時の鈴木さんは、アメリカのポートランド・ティンバーズでプレーしていました。サッカーキングの経歴記事によると、2008年から在籍したクラブです。
馴れ初めは、2009年12月の結婚報道で「知人を通じて知り合い、もともと橋本さんのファンだった鈴木さんと交際に発展した」と伝えられました。婚姻届は同年10月下旬に提出したとされています。ただし、夫婦が出会いの経緯を自ら詳しく語ったインタビューは見つかりませんでした。
結婚から12年がたった2022年、鈴木さんはNumber Webのインタビューで、結婚してから休日に家族を置いて遊びに出たことは一度もないと話しています。
鈴木隆行の元カノは公表されている?
橋本さん以外に、鈴木さん本人が交際相手として名前を明かした女性は確認できませんでした。
ネット上には元カノとされる名前が出ることもありますが、本人の発言や信頼できる報道で裏づけられるものは見当たりません。交際から結婚までをたどれる相手として確認できるのは、橋本優子さんだけです。
鈴木隆行の子供は何人?橋本優子の子供は娘と息子の2人

鈴木さんと橋本さんの子供は、3歳違いの姉弟です。デイリースポーツは第1子が2010年、第2子が2013年に誕生したと報じています。
2022年7月のNumber Web「子供が好きすぎて子離れできない」では、長女が中学1年、長男が小学4年と紹介されていました。ここから計算すると、2026年11月時点の年齢は次のとおりです。
| 子供 | 生まれ年 | 2022年7月の学年 | 2026年11月の年齢 | 2026年度の学年相当 |
|---|---|---|---|---|
| 長女 | 2010年 | 中学1年 | 16歳 | 高校2年 |
| 長男 | 2013年 | 小学4年 | 13歳 | 中学2年 |
名前や誕生日、学校名は公表されていません。
鈴木さんが現役を引退した2015年、長女は5歳、長男は2歳でした。2011年の東日本大震災のときは、長女がまだ1歳です。
橋本優子の娘は弟の「お姉ちゃんコーチ」
父のサッカー教室に先に通ったのはお姉さん
鈴木さんが子供たちの通う幼稚園でサッカー教室を始めたとき、最初に習い始めたのは長女でした。
LEEwebの「サカファミ宣言」インタビュー(2020年11月)で橋本さんは、幼い弟に蹴り方を教えたり、蹴りやすいようにボールを押さえてあげたりしていた娘の様子を振り返っています。記事では、そんな姉を「お姉ちゃんコーチ」と表現しています。
小学生の頃はテニスにも打ち込んだ
2021年6月のLEEの夫婦インタビューで橋本さんが、娘はテニス、息子はサッカーをしていると話しています。当時の長女は小学生です。
サッカーから離れたわけではなく、休日は娘も一緒に家族4人でパスを回すこともあったそうです。高校2年生の年代になった現在の部活動や進路は、公表されていません。
鈴木隆行の息子は3歳でサッカーを始めた
2歳で父のまね、小2でスクール2つ
長男が父のまねをしてボールを蹴るようになったのは2歳頃。3歳で父の教室に通い始め、小学2年生のときには2つのスクールに週1回ずつ通っていました。当時の夢はサッカー選手だったそうです。
平日の公園では、お母さんが練習相手です。サッカーを習った経験のない橋本さんも、ボールを蹴ったり手で投げたりして付き合っていました(前出のLEEweb「サカファミ宣言」より)。
自主練のきっかけは運動会の徒競走
長男が自分から練習するようになった転機は、運動会でした。徒競走で1位を取りたくて毎日公園で走り、父がタイムを計ったこともあります。
本番で1位になると、毎日続ける意味が本人にもわかったようだと橋本さん。それからはスクールがない日も練習するようになったと、サカママのインタビュー(2020年12月)で振り返っています。
2つのスクールに通っていたのは小学生当時の話です。中学2年生の年代になった現在の所属チームは、確認できていません。
鈴木隆行の実家は茨城県日立市 サッカーの原点は父

鈴木さんは茨城県日立市の出身です。水戸ホーリーホックがJ1昇格を決めた2025年11月には、スポーツ報知に寄せた手記でも日立市出身と紹介されています。後にプレーした水戸とは、同じ茨城県でも別の街です。
父に教わり、日立工業高校へ
ジェフユナイテッド千葉の2015年の選手紹介で、鈴木さんは9歳でサッカーを始めたきっかけを「父がサッカーをしていたので」と答えています。休日の過ごし方の欄は「家族と過ごしています」でした。
父は実業団でサッカーをしていた人で、鈴木さんはその父から指導を受けて育ちました(VICTORYの人物紹介より)。進学先の日立工業高校は父の母校でもあったと伝えられています。
震災後、日立の実家と連絡が取れなかった数日間
2011年3月11日は、アメリカから一時帰国した翌日でした。Numberの特別インタビュー(2011年7月)によると、鈴木さんは妻と1歳の娘を連れて都内で買い物中でした。日立の実家とはしばらく連絡が取れず、無事がわかったのは数日後です。
フットボールゾーンの連載インタビュー(2026年2月)によると、鈴木さんはポートランドからのコーチ就任の話を断り、家族と過ごす時間を優先しました。その後、経営難と聞いた水戸に自ら連絡。約6か月体を作っていなかったため、無報酬のアマチュア契約を申し出て、2011年6月に加入しました。
鈴木隆行の自宅はどこ?夫婦が明かした家での過ごし方
家族4人が暮らす自宅の所在地は、公表されていません。日立市にあるのは鈴木さんが育った実家で、現在の自宅とは分けて考える必要があります。
2026年の年明けには、橋本さんがインスタグラムで、今年も家族そろって茨城の海で初日の出を拝んだと報告しました。夫婦2ショットを紹介したデイリースポーツの記事によると、橋本さんはこれを「家族の恒例行事」と書いています。
部屋に物をあまり置けなかった理由
息子が小学生の頃、父子は家の中でも室内用のボールでサッカーをしていました。そのため部屋にはあまり物を置けなかったと、橋本さんはサカママのインタビューで話しています。
サッカーを通して、息子は母には言いにくいことも父には話せるようになったそうです。橋本さんはその絆をうらやましく感じると答えています。
洗濯機を回すのは1日3回
指導から帰った夫のウェア、娘のテニスの練習着、息子のサッカーの練習着がそろうと、洗濯機を回すのは1日3回。2021年のLEE夫婦インタビューで橋本さんが明かした日常です。
鈴木さんはスクールからの帰りが遅いものの、妻が疲れている日には洗濯物を畳んだり、洗い物をしたり。海外のチームにいた頃は全部自分でやっていたので、家事は苦にならないそうです。
まとめ 鈴木隆行の家族(妻・子供・実家)
- 妻:モデルの橋本優子さん。2009年に結婚
- 子供:2010年生まれの長女、2013年生まれの長男の2人(2026年11月時点で16歳と13歳)
- 実家:茨城県日立市。サッカーを始めたきっかけは父
- 自宅:所在地は非公表。年明けは家族で茨城の海へ初日の出を見に行く
鈴木さんが日立で父にサッカーを教わったように、子供たちも幼い頃から父のそばでボールを蹴ってきました。弟に蹴り方を見せたのはお姉さんで、平日の練習相手はお母さんです。
震災後は家族と過ごす時間を優先し、引退後も家族を優先できる働き方を選んだ鈴木さん。結婚から17年たった今も、初日の出を家族4人で茨城の海に見に行っています。

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