鈴木一泰(すずき かずやす)さんは、イチローさん(本名・鈴木一朗)の5歳上の実兄です。
1968年11月3日生まれで、2026年11月3日に58歳になりました。一級建築士の資格を持つデザイナーで、スポーツブランド「SUW(スゥー)」を展開する株式会社SUWの代表取締役です。妻と娘、デザイナーの代表作、ニッチローさんとの交流まで、確認できた情報をまとめました。
鈴木一泰のwikiプロフィール|名前の読み方とイチローとの関係

鈴木一泰の読み方は「すずき かずやす」
「一泰」は「かずやす」と読みます。単独のWikipedia記事は見当たらないため、本人の取材記事や公式情報から整理しました。
氏名:鈴木一泰(すずき かずやす)
生年月日:1968年11月3日(58歳)
出身:神奈川県横浜市生まれ、愛知県育ち
学歴:愛知工業高校 建築科 → 中央工学校 建築設計科
仕事:デザイナー、株式会社SUW代表取締役
資格:一級建築士
愛称:アニロー
家族:父・宣之さん、弟・イチローさん、妻、長女・来海さん
次男なのに「一朗」…兄弟に「一」が付く理由
2009年、TBS系『サンデー・ジャポン』でこの理由を聞かれた一泰さんは、兄弟に一番・二番と順番を付けたくないという父の考えだったと明かしました。決勝当日は会社で社員約40人と中継を見ていたそうです(イチローが次男なのに「一朗」の理由を兄が語った記事)。祖父の名前が由来とする説も見かけますが、本人が語った理由はこちらです。
弟イチローの打席の曲を選んでいた“アニロー”
“アニロー”の愛称を持つ一泰さんと弟は、ともにヒップホップ好き。レコードを多く持つ兄は弟に頼まれ、日本時代と渡米後の2〜3年、打席の曲を選んでいたと語っています(テレ東プラス『じっくり聞いタロウ』一泰さん出演回)。学生時代には、父から「イチローの体をケアする仕事をしなさい」と言われたこともあったそうです。当時は反発したものの、のちにテーピングを開発し、結果的に体のケアに関わる仕事をしています。
鈴木一泰の年齢は58歳|身長は公表されている?

1968年生まれの58歳、イチローとは5学年差
一泰さんは2026年11月3日に58歳になりました。1973年10月22日生まれのイチローさんは53歳です(NPB公式のイチロー選手プロフィール)。生年月日の差は4年11か月半ほどで、「4歳上」と書く資料もありますが、学年では5学年差です。年齢の数字が4歳差になるのは、毎年10月22日〜11月2日の短い期間だけです。
鈴木一泰の身長は非公表
一泰さんの身長は、番組や会社のプロフィールに載っておらず、公表値は確認できませんでした。ちなみに弟のイチローさんは、NPBの公式記録で180cm。一泰さんは年齢を重ねるにつれ、弟に似ていると言われることが増えたと話しています。
鈴木一泰の嫁はどんな人?妻の名前と家族の様子

妻は一般の方|結婚時期や職業は非公表
妻は一般の方で、結婚時期や職業は公表されていません。Wikipediaの鈴木来海さんの項目は2009年の報道を出典に、母の名前を「圭子」さんと記載していますが、本人側の公表ではないため参考情報にとどめます。
娘の好きなドラマを毎回録画していたお母さん
娘の来海さんは海外ドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』の大ファンで、家ではお母さんに毎回録画を頼んでいたそうです。デビューの日、その作品のDVDを宣伝したのが来海さんでした(ORICON NEWS「イチローの姪・鈴木来海が芸能界デビュー」)。
鈴木一泰の子供は何人?娘・鈴木来海は11歳でモデルデビュー

名前が報じられている子供は長女の来海さん
子供として名前が報じられているのは長女の来海(くるみ)さんで、Wikipediaでは一人っ子と記載されています。1997年12月28日生まれの元ファッションモデルで、近年の芸能活動は確認できません。
芸能界を志したきっかけは叔父イチローのCM
幼いころ、テレビCMに出る叔父を見て、「どうして自分は出られないの?」と両親に尋ね、CMのまねをするうちに芸能界に興味を持ちました。父・一泰さんの知人が芸能事務所のスタッフだった縁で、8歳のときに事務所と契約しました(Wikipedia)。
初舞台の報告は「イチローくん」にメールで
デビューは2009年7月15日。池袋のサンシャインシティ噴水広場で、小学6年生の来海さんは大沢あかねさんとファッションショーに登場しました(シネマトゥデイの来海さんモデルデビュー記事)。叔父にはメールで報告しましたが、オールスター戦と重なり返信はまだ。報道陣の前でも「イチローくん」と呼んでいました。
鈴木一泰のデザイナーとしての経歴と代表作

一級建築士から28歳でデザイナーへ転身
子供のころから漫画を描くのが好きだった一泰さんは、愛知工業高校の建築科から中央工学校へ進み、工務店を経て建設会社でアパートやマンションを設計しながら一級建築士の資格を取りました(デイリースポーツ「デザイナー、イチローの実兄 鈴木一泰さん」)。1996年、絵を描く仕事への思いから退職して上京。28歳での転身です(デイリースポーツの2018年インタビュー)。日刊ゲンダイの連載「鈴木一泰さん」では、弟のCM出演をきっかけに博報堂の担当者と知り合い、相談したエピソードを語っています。「元博報堂のデザイナー」とする記事もありますが、社員だったという確認は取れませんでした。
転身後は企業のロゴやキャラクターを幅広く手がけ、オリックス時代のイチローさんに関するブランドも担当しました。ドワンゴの携帯キャラクター「インコちゃん」も代表作の一つです。
BS11の「ビーモ」がシルクハット姿の理由
BS11の開局特番では、3人のデザイナーが社長にキャラクター案を披露する公開コンペがありました。一泰さんは次々に番組を生み出すテレビ局を手品に見立て、シルクハット姿の「ビーモ」を描きました。案は採用され、開局から数年間使われています(FMヨコハマ『文化百貨店』)。キャラクターを描くときは、必ず背景となるストーリーを作るそうです。
06BULLSや兵庫ストークスのデザインも
野球の関西独立リーグ・06BULLSではキャラクターとユニホームを担当し、新ユニホームで臨んだ最初のシーズンにチームが優勝しました。バスケットボールの兵庫ストークスでは公式キャラクターを描き、ファンからの約150通の応募で「ビクトリくん」と名付けられました。自作のキャラクターにファンが名前を付けたのは初めてだったそうです(デイリースポーツ・2013年)。
鈴木一泰の「sow」とは?正しくはスポーツブランド「SUW(スゥー)」

SUWは1997年に米国で始まったブランド
「sow」と検索されがちですが、正しい表記は「SUW」、読みは「スゥー」です。1997年にアメリカで立ち上げた、街でも着られるスポーツウエアのブランドです。株式会社SUWは2015年3月26日の設立で、本社はイチローさんの出身地・愛知県豊山町。東京支社は代官山のジム「コブラクションMIX代官山」と同じ建物にあります(SUW公式の会社概要)。
NBA観戦から生まれたコブラクションテープ
看板商品は、一泰さんがデザインから命名まで手がけたテーピング「コブラクションテープ」です。10代のころ、NBAのスター選手が貼るテーピングに目を引かれたのが原点。2012年12月1日に発売され、発売前には東京ビッグサイトの展示会「SPORTEC 2012」で先行トライアルも行われました。波形の構造で曲面になじみやすいのが特徴です(コブラクションテープ発売時のプレスリリース)。イチローさんも現役時代、兄にテープを送ってほしいと頼んでいたそうです(テレ東プラス)。2018年のラジオ出演時点で、総出荷枚数は150万枚を超えていました。
鈴木一泰とニッチローの関係|野球イベントで知り合った友人

出会いは野球イベント、自宅でカレーも
ニッチローさんによると、二人は野球のイベントで出会い、パーティーで再会。共演のほか、一泰さんの自宅でカレーをごちそうになる仲です。一方、イチローさん本人とは一度も会ったことがないそうです(CHANTO WEBのニッチローさんインタビュー)。同じ取材では、SUWの周年パーティーでイチローさんの父・宣之さんとも対面したと話しています。
展示会ではSUWのTシャツが色違い
2015年、一泰さんに招かれて展示会「SPORTEC 2015」のSUWブースを訪ねると、持参したSUWのメッシュTシャツの色違いを一泰さんが着ていたそうです(ニッチロー公式ブログ「兄を訪ねて」)。
『グラゼニ』配信で初共演、『有吉反省会』にも出演
仕事での初共演は、野球漫画『グラゼニ』のPRユニットによるニコニコ生放送で、ニッチローさんは告知で一泰さんを「お兄ちゃん」と呼んでいました。2016年7月16日放送の『有吉反省会』には二人そろって出演し、仲の良すぎる関係に有吉弘行さんが苦笑いしています(お笑いナタリーの『有吉反省会』出演記事)。
まとめ|鈴木一泰はイチローの兄で、SUWを率いるデザイナー
鈴木一泰さんは、イチローさんの5歳上の兄で58歳。妻は一般の方で、長女の来海さんは11歳でモデルデビューしました。一級建築士から転身し、BS11のビーモやコブラクションテープを生んだデザイナーで、ブランド名はsowではなくSUW(スゥー)です。ものまね芸人のニッチローさんとは、番組で共演する前からの友人です。
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