北海道日本ハムファイターズで投打の二刀流に挑む柴田獅子(しばた・れお)選手。「獅子」と書いて「れお」と読むこの名前は、西鉄ライオンズのファンだった祖父がつけたものです。
ここでは名前の由来と祖父の話を入り口に、野球を始めるきっかけをつくった親や家族のこと、彼女の有無、2026年シーズンのプロ初本塁打までを、本人の発言や新聞報道、球団・NPBの公式情報をもとに整理しました。
柴田獅子の名前の由来は祖父の「西鉄ライオンズ愛」

名付け親は西鉄ライオンズファンだった祖父
「獅子」はライオンのこと。祖父が応援していた西鉄ライオンズにちなんで、孫の名前にこの字を選びました。
ドラフト前後から複数のメディアが伝えてきた話で、2024年12月8日にエスコンフィールドで開かれた新入団選手のウエルカムイベントでも、日本ハムの大渕スカウト部長が約1200人のファンの前でこの由来を紹介しています(デイリースポーツの新入団イベント記事)。
西鉄ライオンズは福岡の平和台球場を本拠地に、1956年から日本シリーズ3連覇を果たした球団です。1979年に埼玉・所沢へ移り、現在の埼玉西武ライオンズになりました。それまでは長く、福岡の人々にとっての地元球団でした。
名前の印象から「本人も西武ファンなのでは」と思われがちですが、報じられているのは祖父の西鉄びいきです。柴田選手自身は、同じ福岡出身の新庄剛志監督を憧れの選手に挙げています。
「しし」ではなく「れお」と読む理由
「レオ」はラテン語でライオンを指す言葉です。しし座も英語ではLeo。埼玉西武ライオンズのマスコットも「レオ」という名前で、ライオンズファンには耳なじみのある響きです。
もっとも、なぜこの読みにしたのか、そこに込めた思いまで家族が語った報道は確認できませんでした。由来として確かなのは「祖父が西鉄ライオンズのファンだった」という一点です。
入団直後には、名前にまつわる偶然もありました。2025年1月19日、千葉・鎌ケ谷市の球団施設で新人を代表して転入届を出したところ、芝田裕美市長の息子が、漢字は違うものの同じ「しばた・れお」だと明かされたのです。同姓同名の人に会ったことがなかった柴田選手は「縁ですね」と驚いていました。
祖父ゆかりのライオンズ戦と「登録名レオ」構想
先のイベントで大渕部長は、背番号を変えるほど活躍したら、登録名を「レオ」にしておじいさんに見せるのもいいかもしれない、と話しています。柴田選手も、ファンから愛称で呼ばれる選手になりたい気持ちがあると応じました。
2026年シーズン終了時点の登録名は本名の「柴田獅子」で、背番号も入団時と同じ31です。
祖父が応援していたライオンズとは、プロ1年目の2025年9月15日、本拠地での先発で対戦しました。名付け親が愛した球団を相手に、孫がプロのマウンドに立ったことになります。
柴田獅子の父親は?野球を始めたきっかけと5人家族
サッカー志望から一転、親のすすめで野球の道へ
野球を始めたのは、飯塚市立庄内小学校2年生のとき。地元の少年野球チーム「庄内ジャガーズ」に入りました。
ところが、本当にやりたかったのはサッカーでした。高校3年秋のインタビューでは、親にサッカーをしたいと伝えたものの、当時はチームの人数が多く、親から野球をするように言われたと明かしています(高校野球ドットコムのドラフト候補インタビュー)。2人の兄がそろって野球をしていたことも重なり、「最初は野球が全くわからない状態」からのスタートでした。
父親個人について、本人や球団が公式に紹介した情報は多くありません。「父親も長身」「野球経験者」と書くネット記事もありますが、本人の発言や公式発表では確かめられないため、ここでは断定しません。確かなのは、サッカーを望んだ小学2年生に野球を勧めたのが親だったという点です。
父・母・兄2人の5人家族、兄とは11〜12歳差
家族は父、母、2人の兄、そして本人の5人です。北海道新聞社の道新スポーツが掲載した新人名鑑で、柴田選手は長男と12歳、次男と11歳離れていると話し、「ほぼほぼ一人っ子みたいな感じでした」と振り返っています。
年の差を考えると、柴田選手が野球を始めた小学2年生のころ、兄たちはすでに20歳前後でした。
両親に見送られた入寮日と、デビュー戦のスタンド
2025年1月6日の入寮日、両親が付き添ったのは福岡空港まで。そこから一人で飛行機に乗り、羽田空港では電車の乗り換えがわからず、タクシーで約1時間、運賃約1万7000円をかけて鎌ケ谷の寮に着きました(デイリースポーツ報道)。
半年後の7月26日、プロ初登板となったロッテ戦。3万5024人が入ったエスコンフィールドには、両親ら家族の姿もありました。その前で柴田選手は、3回を一人の走者も出さずに投げ切っています。
柴田獅子に彼女はいる?交際の公表はなし

2026年10月時点で、柴田選手に彼女がいるという本人や球団からの発表はなく、信頼できるメディアによる交際報道も確認できません。結婚の発表もありません。
これまでのインタビューで語られてきたのは、投打それぞれの課題やバット選び、家族のことが中心です。交際については公の情報がない、というのが現時点での正確な答えになります。今後なにか発表があれば、本人のSNSや球団、スポーツ紙の報道で確かめるのが確実です。
柴田獅子のプロフィールと最新成績(2026年)

柴田獅子のプロフィールと最新成績(2026年)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 柴田獅子(しばた・れお) |
| 生年月日 | 2006年4月18日(20歳) |
| 出身地 | 福岡県飯塚市 |
| 身長・体重 | 187cm・95kg |
| 投打 | 右投左打 |
| 経歴 | 庄内小(庄内ジャガーズ)→庄内中(飯塚レパーズ)→福岡大大濠高→日本ハム |
| ドラフト | 2024年1位 |
| 背番号 | 31 |
基本情報は北海道日本ハムファイターズ公式の選手名鑑に基づいています。
2024年のドラフトで日本ハムは宗山塁内野手の抽選を外し、外れ1位で柴田選手を指名しました。ここでもソフトバンクと競合しましたが、新庄監督が当たりくじを引いています。福岡大大濠高では甲子園出場こそなかったものの、最速149キロの直球と高校通算19本塁打で、投打の両面から高い評価を受けていました。
2025年:プロ初登板で3回パーフェクト
1年目は2軍で投打に出場しながら経験を積みました。7月20日のフレッシュオールスターで自己最速の154キロを計測し、26日のロッテ戦で一軍デビュー。3回39球、無安打無四球3奪三振の完全投球でした。一軍では4試合に登板し、0勝0敗1ホールド、防御率2.92で1年目を終えています。
2026年:一軍で二刀流、プロ初本塁打
2年目は6月4日の広島戦に「7番・投手」で出場し、一軍の公式戦で投打の同時出場を果たしました。8月は2軍で打率.341、5本塁打と打ちまくり、ファーム月間MVP(東地区)を受賞しています。
9月9日、地元・福岡のみずほPayPayドームでのソフトバンク戦でプロ初安打。19日のオリックス戦では「2番・DH」で先発し、6回にエスピノーザのツーシームをとらえて右翼席へ同点ソロを放ちました。プロ11打席目での初本塁打です。
NPBの個人年度別成績によると、2026年の一軍成績は投手として8試合0勝1敗2ホールド、防御率2.03。打者としては16試合で打率.355、1本塁打、3打点でした。
まとめ:家族の絆が育んだ二刀流・柴田獅子の未来
ここまで、柴田獅子選手の実家、家族構成、父親、名前の由来、中学時代、そして祖父とのエピソードについて詳しく解説してきました。
•実家:福岡県飯塚市庄内地区の自然豊かな環境
•家族:父・母・12歳上と11歳上の兄を持つ5人家族の末っ子
•父親:身長180cm超。サッカー志望だった息子に野球を勧めた恩人
•名前の由来:西鉄ライオンズファンの祖父・勝利さんが「獅子(れお)」と命名
•祖父:名付け親であり、幼少期の「泣き虫」な柴田選手を可愛がった存在
•中学時代:飯塚市立庄内中・飯塚レパーズ所属。走り込みで球速を劇的にアップさせた
「獅子」の名は、福岡で西鉄ライオンズを応援してきた祖父の贈り物です。サッカー少年を野球に向かわせたのは親のひと言と、野球をしていた2人の兄でした。
プロ2年目を終え、投手でも打者でも一軍の数字が残りました。大渕部長が口にした「登録名レオ」が実現する日は来るのか。3年目の起用法とあわせて見ていきたいところです。

日ハムの現役の選手の記事です。
リンクなしで本文の事実確認に使った出典
- デイリースポーツ:入寮の日のタクシー移動(2025年1月6日)
- デイリースポーツ:鎌ケ谷市長の息子と同じ読み(2025年1月20日)
- デイリースポーツ:3回完全デビュー、両親ら家族が観戦(2025年7月27日)
- SPAIA:フレッシュオールスターで自己最速154キロ(2025年7月26日)
- SPAIA:2025年9月15日西武戦の先発予定(2025年9月15日)
- SPREAD:外れ1位でソフトバンクと競合(2024年10月24日)
- 高校野球ドットコム:2026年6月4日に「7番・投手」で一軍出場(2026年8月31日時点)
- ベースボールチャンネル:2026年8月度ファーム月間MVP
- 道新スポーツ:地元福岡でプロ初安打(2026年9月9日)
- パ・リーグ.com(スポーツ報知):プロ初本塁打(2026年9月19日)

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