元巨人の二岡智宏さんの妻は、元東日本放送アナウンサーの用稲千春(よういね・ちはる)さんです。二人は2005年12月に結婚し、2007年6月に長男、2012年8月に次男が生まれています。
長男の択実(たくみ)さんは青山学院高等部で投手としてプレーし、2025年12月には米国で野球を続けたい意向が報じられました。二岡さん自身は広島県三次市の出身です。広陵高校2年の秋に父親を交通事故で亡くしており、兄は1991年春のセンバツで優勝した広陵高校のメンバーでした。
2008年の山本モナさんとの報道も含め、二岡さんの家族について報道や公的な資料で確認できたことを、2026年10月時点の情報で整理します。
二岡智宏の家族構成|妻と息子2人、実家の父親・兄まで一覧
報道などで確認できる家族は次のとおりです。
| 続柄 | 名前 | 確認できる主な情報 |
|---|---|---|
| 本人 | 二岡智宏 | 1976年4月29日生まれ(50歳)、広島県三次市出身。2026年から社会人野球・ジェイプロジェクト監督 |
| 妻 | 用稲千春(本名・二岡千春) | 1974年3月26日生まれ(52歳)。元東日本放送アナウンサー。2005年12月に結婚 |
| 長男 | 二岡択実 | 2007年6月生まれ。青山学院高等部で投手 |
| 次男 | ― | 2012年8月生まれ |
| 父親 | ― | 1993年10月に交通事故で死去 |
| 兄 | ― | 広陵高校の野球部員として1991年センバツで優勝 |
※一般の方である次男・父親・兄の名前は記載していません。
二岡智宏の経歴と現在
身長180センチ、右投げ右打ちの内野手として、巨人と日本ハムで15年間プレーしました。主な歩みは次のとおりです。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1998年 | 近畿大学からドラフト2位(逆指名)で巨人へ |
| 1999年 | 1年目から遊撃手のレギュラー。打率.289、18本塁打 |
| 2000年 | リーグ優勝を決める試合でサヨナラ本塁打 |
| 2002年 | 日本シリーズMVP |
| 2003年 | 打率.300、29本塁打でベストナイン |
| 2008年 | 巨人の選手会長に就任。オフに日本ハムへトレード |
| 2009〜2013年 | 日本ハムで代打や指名打者を中心に出場 |
| 2014年 | 1月に現役引退。翌年まで巨人の国際部関連の業務や解説者を務める |
| 2016〜2018年 | 巨人の二軍・一軍打撃コーチ |
| 2019年 | 独立リーグ・富山GRNサンダーバーズ監督 |
| 2020〜2025年 | 巨人で三軍監督、二軍監督、一軍ヘッド兼打撃チーフコーチを歴任 |
| 2026年 | 社会人野球・ジェイプロジェクト監督 |
2025年の巨人はリーグ3位に終わり、クライマックスシリーズでも敗退。球団は10月14日に、二岡さんの同年限りでの退任を発表しました。2026年1月1日付で就任したジェイプロジェクトは、名古屋市に本社を置く飲食企業・ジェイグループホールディングスの野球部で、選手は系列の飲食店で働きながら練習しています。就任が決まった際の中日スポーツの記事で、二岡さんは「自分が経験していないのは、社会人野球だけ」と語りました。チームは6年ぶりの全国大会出場と、日本選手権での初勝利を目標に掲げています(2026年1月時点)。
二岡智宏の妻・用稲千春とは|元東日本放送アナウンサー

用稲千春のプロフィールと経歴
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 用稲千春(よういね・ちはる) |
| 生年月日 | 1974年3月26日 |
| 出身地 | 東京都青梅市 |
| 出身大学 | 成蹊大学 |
| 経歴 | 1996年に東日本放送へ入社し、2001年に退社してフリーへ |
| 主な出演 | TBS系「サンデーモーニング」リポーター、「ウォッチ!」キャスターなど |
大学在学中には「ミス成蹊」のグランプリに選ばれました。入社した東日本放送(KHB)は宮城県のテレビ朝日系列局で、約5年間、局アナウンサーとしてニュース番組などを担当しています。フリー転身後は、キャスターを多く抱える芸能事務所セント・フォースに籍を置きました。番組出演歴などはザテレビジョンの用稲千春プロフィールで確認できます。
二岡智宏と用稲千春の結婚は2005年12月|2歳年上の姉さん女房
二人は2005年12月に結婚しました。この年の二岡さんは打率.301を残しており、巨人の主力遊撃手として迎えたオフの結婚です。千春さんは二岡さんより2歳年上で、結婚から1年半後の2007年6月に長男が誕生しました。近年は、千春さんのメディア出演を伝える情報は見当たりません。
二岡智宏と山本モナの報道・写真の真相|妻・用稲千春との関係は

2008年7月、二岡さんとタレントの山本モナさんが東京・五反田のラブホテルに入ったと、女性週刊誌が報じました。山本さんは朝日放送の元アナウンサーで、二岡さんと同じ広島県の出身。年齢も同じ32歳でした。二岡さんは結婚3年目で、長男は1歳になったばかり。この年から高橋由伸選手の後任として、巨人の第15代選手会長を務めていました。
2008年の報道から日本ハム移籍までの時系列
| 日付(2008年) | 出来事 |
|---|---|
| 開幕戦 | 試合中に右ふくらはぎを痛め、二軍で調整に入る |
| 7月6日 | 山本さんがフジテレビ系「サキヨミ」でキャスターに復帰 |
| 7月7日未明 | 二人がタクシーで五反田のホテルへ(後日の報道による) |
| 7月9日 | 山本さんが報道各社にFAXを送り、ホテルに入ったことを認める |
| 7月10日 | 『女性セブン』が写真付きで報道 |
| 7月11日 | 予定されていた二岡さんの一軍復帰が見送られる |
| 7月13日 | 二軍戦で無安打に終わり、15日に目指した昇格も見送り |
| 7月20日 | 横浜戦で一軍復帰。三塁手として出場 |
| 11月14日 | 林昌範投手とともに日本ハムへトレード |
山本さんは2006年にも別の男性との報道でTBS系「NEWS23」のキャスターを降りており、「サキヨミ」は1年9か月ぶりのキャスター復帰でした。J-CASTニュースの2008年7月10日の記事によると、山本さんはFAXで、二岡さんにホテルで飲み直そうと誘われてやむなく入ったと説明。「本当にお酒を飲んだだけ」と釈明したうえで、軽率な行動だったと謝罪しました。所属事務所は「サキヨミ」への出演見合わせと、テレビ出演の自粛を発表しています。
二岡さんは丸刈りにして謝罪しました。7月20日に一軍へ戻ったときには、当時19歳の坂本勇人選手が遊撃手に定着しており、この年の出場は31試合にとどまります。オフにはマイケル中村投手、工藤隆人選手との交換トレードで日本ハムへ移籍しました。英文の野球情報サイトJapaneseBaseball.comによると、トレード発表当日に球団事務所で開かれた会見では、一からのスタートとしてレギュラー獲得を目指す考えを示しています。
球団が騒動をトレードの理由として説明したわけではありません。ただ、選手会長が1年で交代したうえにトレードで放出されたのは球団史上初めてとされ、騒動の影響を指摘する声は少なくありませんでした。
話題になった写真は『女性セブン』掲載のもの
山本モナさんとの写真として知られているのは、2008年7月10日発売の『女性セブン』に掲載されたものです。同誌は、二人が五反田のホテル街に出入りしていたとする記事を写真付きで掲載しました。週刊誌の著作物で、当事者のプライバシーにも関わるため、この記事では掲載していません。
報道写真としてよく使われているのは、騒動のあとに丸刈り姿でジャイアンツ球場に現れた二岡さんの姿です。
騒動後の夫婦関係|用稲千春との離婚報道はなし
騒動について、千春さん自身が公にコメントした記録は見当たりません。騒動当時にlivedoorニュースへ掲載されたコラム「Sports Watch」は、千春さんが夫に野球で頑張るよう叱咤激励したという話を伝聞の形で紹介しました。ネット上で語られる「妻が夫を励ました」というエピソードも含め、本人や球団が明らかにした内容ではありません。
その後、2012年8月には次男が誕生しています。離婚が報じられたことはなく、本人たちが公表した事実もありません。
二岡智宏の子供は息子2人|次男は2012年生まれ

二岡さんの子供は息子が2人です。長男は巨人時代の2007年6月、次男は日本ハム時代の2012年8月に生まれました。
| 子供 | 生まれ | 2026年10月時点の年齢 |
|---|---|---|
| 長男・択実さん | 2007年6月 | 19歳 |
| 次男 | 2012年8月 | 14歳 |
長男が生まれた2007年、二岡さんは通算1000安打と1000試合出場を達成しています。オリコンニュースの記事(2012年8月2日)によると、次男の誕生は球団を通じて発表されました。この2012年、二岡さんは代打の切り札として起用され、65試合でシーズン打率.353を記録。日本ハムのリーグ優勝に貢献しています。
次男の名前や学校、野球をしているかどうかは公表されていません。未成年のため、この記事でもそれ以上は取り上げません。
二岡智宏の息子は青学で野球|長男・択実は米国挑戦を目指す投手
青山学院高等部のエースとして迎えた最後の夏
長男の択実さんは、青山学院高等部の野球部でプレーしました。中学までは野手でしたが、高校入学後にチーム事情から投手へ転向し、エースナンバーを任されるまでになっています。投手の道は、父の二岡さんも勧めていたといいます。
高校最後の夏は2025年の東東京大会でした。前年の夏に右肘を手術しており、復帰して迎えた大会です。この夏は2試合で計8回を投げて失点1にまとめましたが、チームは7月17日の3回戦で麻布高校に2-5で敗れています。デイリースポーツの2025年7月17日の記事によると、この日の択実さんはベンチスタート。流れを変えたいと自ら直訴し、3点を追う9回に3番手で登板して三者凡退に抑えました。スタンドでは、当時巨人のヘッドコーチだった二岡さんが見守っていました。同紙の別の記事では、手術とリハビリを乗り越えて投げた息子をねぎらう二岡さんの言葉も伝えられました。
試合後、最終的な目標はプロだと語った択実さんは、これからは「お父さんの名前を借りずに、二岡択実という選手をみせつけて」、より上のステージに進みたいと話しています。
青山学院大に内部進学予定も、米国でのプレーを模索
2025年12月には、日刊スポーツが択実さんの進路を報じました。内部進学で青山学院大学に進む予定ながら、東都大学リーグの強豪である同大の野球部ではなく、米国に留学して野球を続ける道を目指しているという内容です。どこでプレーするかは、報道の時点で決まっていませんでした。
背景には、高校時代に2度経験した米国への短期留学があります。現地の施設や練習環境にひかれ、米国の大学に在籍しながらNPBのドラフトで指名された佐々木麟太郎選手(スタンフォード大)らの例にも刺激を受けたと伝えられました。全国から有力選手が集まる青学大の野球部では、出場機会を得るのが難しいという事情にも触れられています。
目指すのは大学卒業時のNPBドラフトで、4年後には最速150キロを投げる投手になりたいと語っています。両親も本人の意思を尊重し、挑戦を後押ししたと報じられています。報道時点の体格は179センチ、65キロです。
長男の現在|「青学大野球部に所属」は未確認
ネット上には、長男が青山学院大学の野球部に所属していると紹介するページもあります。ただ、2026年10月時点でそれを裏付ける報道は確認できませんでした。米国でのプレー先が決まったという続報も、大手メディアでは見当たりません。
現時点で確かめられるのは、2025年12月に米国挑戦の意向が報じられたところまでです。
二岡智宏の実家は広島県三次市|父親と兄の存在
生まれ育った三次市十日市地区
二岡さんが生まれ育ったのは、広島県北部の三次市十日市地区です。地元の十日市中学校から広陵高校に進みました。小学校から高校までは、のちに阪神で活躍する福原忍さんと同じ学校に通い、中学時代まではチームのエースが二岡さんだったといいます。
地元の広島カープも早くから獲得を目指していましたが、二岡さんは1998年のドラフトで巨人を逆指名しました。ベースボールチャンネルによると、2016年に当時担当だった広島のスカウトと再会した際に謝罪し、子どものころから巨人ファンだったと打ち明けています。
三次市は2014年11月、プロ野球での功績をたたえて二岡さんに「三次市スポーツ栄誉賞」を贈りました。市の紹介文では、巨人で1年目から走攻守のそろった遊撃手として活躍したことや、日本ハムで勝負強い打撃によりリーグ優勝に貢献したことが挙げられています。三次市公式サイトの「三次市スポーツ栄誉賞 二岡智宏」には、通算1457試合出場、打率.282、173本塁打、622打点という成績も載っています。なお、実家の住所や家業は公表されていません。
父親は高校2年の秋に交通事故で他界
父親が亡くなったのは、二岡さんが広陵高校2年だった1993年10月です。秋季大会の応援に向かう途中で交通事故に遭いました。翌1994年の夏、福原さんとの二枚看板で甲子園を目指した広陵は、広島大会で新井貴浩さんのいた広島工業に敗れています。
父親の職業などは公表されていません。
兄は1991年センバツで優勝した広陵高校のメンバー
二岡さんが野球を始めたのは、兄の影響だったとされています。その兄も広陵高校の野球部員で、1991年春の第63回選抜高校野球大会で優勝したメンバーの一人でした。決勝で松商学園を破り、広陵にとっては65年ぶりのセンバツ制覇です。このとき二岡さんはまだ中学生でした。
兄の後を追うように広陵へ進んだ二岡さんは、1年夏からレギュラーとなり、投手と三塁手を兼ねました。高校卒業時にはプロからの誘いもあったものの進学を選び、近畿大学で遊撃手に転向。関西学生リーグで7季連続のベストナインに選ばれています。
兄は一般の方のため、この記事では名前や現在の活動には触れません。
まとめ|二岡智宏の家族について分かっていること
最後に、確認できた事実と確認できなかった情報を分けて整理します。
| 項目 | 確認できたこと | 確認できないこと |
|---|---|---|
| 妻 | 元東日本放送アナの用稲千春さん。2005年12月に結婚 | 近年の活動、騒動についての本人の発言 |
| 子供 | 息子2人(2007年、2012年生まれ) | 次男の名前・学校 |
| 長男 | 青山学院高等部の投手。2025年12月に米国挑戦の意向 | 2026年の所属先 |
| 山本モナ報道 | 2008年7月に報道され、同年11月に日本ハムへ移籍 | トレードとの直接の因果関係 |
| 実家・父親・兄 | 三次市十日市地区の出身。父は1993年に他界、兄は1991年センバツ優勝メンバー | 実家の家業、父の職業 |
二岡さんの家族をめぐっては、出典のはっきりしない話も少なくありません。この記事では、報道と公的な資料で確かめられた範囲に絞って紹介しました。
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