村田善則の妻・須志田しのぶの経歴と馴れ初め|子供・息子・弟の野球歴まとめ

村田善則の妻・須志田しのぶの経歴と馴れ初め|子供・息子・弟の野球歴まとめ

村田善則さんの妻は、元テレビキャスターの須志田しのぶさんです。1994年のミス・ワールドに日本代表として出場した経歴を持ち、二人はスポーツキャスター仲間に誘われた食事会で出会いました。

子供については、息子の村田昇太さんが東海大静岡翔洋高校、城西大学で捕手としてプレーしたことが確認できます。弟の村田金彦さんも兄と同じ佐世保実の主将として2004年夏の甲子園に出場し、本塁打を放っています。

妻の経歴と馴れ初め、子供の人数、息子と弟の野球歴を、確認できる情報をもとに紹介します。

目次

村田善則の妻は元キャスターの須志田しのぶ

村田善則の妻は元キャスターの須志田しのぶ

村田善則さんの妻・須志田しのぶさんは、スポーツ番組などで活動していた元テレビキャスターです。フジテレビの出演者プロフィールでも、村田善則さんの妻であり、元ミス・ワールド日本代表であると紹介されています。

妻・須志田しのぶの年齢と出身地

須志田しのぶさんは1972年2月1日生まれ、宮崎県出身です。生年月日と出身地は須志田しのぶのプロフィール(WEBザテレビジョン)に掲載されており、2026年11月時点で54歳です。

1974年4月24日生まれの村田善則さんより2歳年上になります。

1994年ミス・ワールド日本代表からキャスターへ

須志田しのぶさんは、1994年のミス・ワールドに日本代表として出場しました。大会公式サイトの1994年出場者一覧にも、日本代表として「Shinobu SUSHIDA」の名前があります。

その後はテレビキャスターとして活動しました。日本テレビ「マツコ会議」の公式記事では、キャスターを経て村田さんと結婚した経歴が紹介されています。2018年の放送では、優勝旅行の写真を見せながら結婚生活について語りました。

馴れ初めはスポーツキャスター仲間に誘われた食事会

二人の出会いは、須志田しのぶさんがキャスター時代に参加した食事会です。フジテレビ「ジャンクSPORTS」の公式トーク紹介に、本人が説明した経緯が残っています。

誘ったのは、他局で同じくスポーツキャスターをしていた友人でした。しのぶさん自身も巨人を取材した経験があり、仕事に役立つ話が聞ければという気持ちで参加したと話しています。

一方で、交際が始まった時期やプロポーズの内容については、公式に確認できる情報が見つかっていません。

村田善則の子供は何人?確認できるのは息子

村田善則の子供は何人?確認できるのは息子

報道で名前が確認できるのは村田昇太さん

村田善則さんの子供として、名前と野球歴が報道で確認できるのは息子の村田昇太さんです。2020年7月23日の日刊スポーツが、村田善則コーチを父に持つ東海大静岡翔洋の捕手として紹介しました。

「子供は2人」は根拠が確認できない

子供を2人とする紹介記事もありますが、本人の発言や球団発表など、人数の根拠は確認できていません。そのため現時点では「子供は2人」「息子が2人」とは断定できず、昇太さんが長男か次男かも分かっていません。

村田善則の息子・村田昇太の野球歴

村田善則の息子・村田昇太の野球歴

息子の村田昇太さん(むらた・しょうた)は、父と同じ捕手として高校・大学で野球を続けてきました。村田昇太の選手プロフィール(一球速報.com)に掲載されている経歴は次のとおりです。

中学から大学までの経歴

項目内容
出身中学川崎麻生(神奈川)
高校東海大静岡翔洋高校
大学城西大学
ポジション捕手
投打右投右打

東海大静岡翔洋で迎えた高校最後の夏

甲子園が中止となった2020年夏、昇太さんは高校3年生として静岡県の夏季大会に出場しました。当時チームを率いていたのは、元巨人捕手の原俊介監督です。

一球速報の記録では、7月11日の静岡農戦、18日の科学技術戦、23日の静岡市立戦の3試合すべてに「8番・捕手」で先発し、通算4打数2安打でした。チームは3回戦の静岡市立戦に3対4で敗れ、大会を終えています。

日刊スポーツの取材によると、試合前日の22日には、父からLINEで「思い切ってプレーして」と励まされていました。試合後の昇太さんは、敗戦の悔しさを大学での野球につなげたいと語っています。

高校卒業後は城西大学へ

高校卒業後は、首都大学野球連盟に所属する城西大学へ進学しました。東海大静岡翔洋の進路一覧にも、昇太さんの進路として城西大が記載されています。高校最後の夏に語った大学野球への思いは、そのまま進路につながりました。

ただし、過去の選手プロフィールが残っていることだけでは、2026年現在の所属は判断できません。大学卒業後の進路や競技を続けているかについては、確かな情報が見つかっていません。

村田善則の弟・村田金彦も佐世保実の主将

村田善則さんの弟は村田金彦さんです。兄と同じ佐世保実業高校で主将を務め、2004年夏の甲子園に出場しました。

兄と同じ佐世保実の主将として甲子園へ

2004年7月26日の朝日新聞は金彦さんを特集し、兄が巨人の捕手・村田善則さんであることを明記しています。佐世保実の夏の甲子園出場は、兄が4番・主将として出場した1992年以来、12年ぶりでした(2004年夏の甲子園出場校一覧(日本高野連))。

長崎大会の決勝前には、両親を通じて兄から激励を受けたといいます。金彦さんは小学1年で野球を始め、長打を狙うよりも野手の間を抜く打球を心がけていました。監督からも、兄とは違う持ち味を持つ主将として評価されていました。

駒大苫小牧戦で甲子園本塁打を記録

甲子園では、初戦の2回戦で駒大苫小牧と対戦しました。この大会で北海道勢初の全国制覇を果たすチームに3対7で敗れましたが、金彦さんは本塁打を放っています。

大会の本塁打記録でも、第86回大会の第15号が村田金彦さんの一打として残っています。

村田善則の現在は巨人バッテリーチーフコーチ

項目内容
生年月日1974年4月24日(52歳)
出身地長崎県佐世保市
経歴佐世保実高-巨人(1992年ドラフト5位)
現役1995~2008年(捕手・右投右打)
通算成績132安打・6本塁打・打率.213
2027年巨人一軍バッテリーチーフコーチ

2027年も一軍バッテリーチーフコーチ

村田善則さんは2008年に現役を引退した後、巨人でスコアラーやコーチを歴任しました。2024年は一軍総合コーチを務め、2026年は一~三軍の指導方針を分野ごとに統一する新体制のもと、一軍バッテリーチーフコーチを任されています。

巨人が2026年10月30日に発表した2027年のコーチングスタッフでも、松井秀喜新監督のもと、一軍バッテリーチーフコーチに名前が入りました(巨人2027年コーチングスタッフ一覧(BASEBALL KING))。

侍ジャパンでも15年にわたりバッテリーを支える

日本代表とのかかわりも長く、2012年からスコアラーやバッテリーコーチとして侍ジャパンに携わってきました。2026年のWBCでは井端弘和監督のもとでバッテリーコーチを務め、これまでに5人の代表監督を支えています(村田善則コーチが語る侍ジャパンでの15年(スポルティーバ))。

世界一に輝いた2023年のWBCでもバッテリーコーチを担当しました。決勝の9回、大谷翔平投手の球を一度も受けたことがなかった中村悠平捕手にそのままマスクを任せた場面では、栗山英樹監督の問いに「大丈夫です」と答えています(WBC決勝の大谷翔平・中村悠平バッテリー秘話(Number Web))。

まとめ:村田善則の妻|子供・息子・弟の野球歴まとめ

村田善則さんの妻は、1994年のミス・ワールド日本代表で元テレビキャスターの須志田しのぶさんです。二人はスポーツキャスター仲間に誘われた食事会で出会いました。

子供で確認できるのは息子の村田昇太さんで、東海大静岡翔洋高校から城西大学へ進み、父と同じ捕手としてプレーしました。2020年夏には、試合前日に父からLINEで励まされたエピソードが報じられています。一方、子供の人数は確かな根拠が見つかっていません。

弟の村田金彦さんは、2004年に兄と同じ佐世保実の主将として甲子園に出場し、駒大苫小牧戦で本塁打を記録しています。村田さん本人は2027年も巨人の一軍バッテリーチーフコーチとして、松井新監督を支えます。

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