黒木知宏の元妻・再婚相手は?妻と子供、娘・黒木芽依の年齢・小学校・高校・大学・チア

黒木知宏の元妻・再婚相手は?妻と子供、娘・黒木芽依の年齢・小学校・高校・大学・チア

千葉ロッテで「ジョニー」と呼ばれた黒木知宏さんの妻は、宮崎・延岡学園の1学年先輩だった裕子さんです。2人はプロ1年目の1995年に結婚し、離婚や再婚を公表した記録は2026年11月4日時点で見つかりません。

子供は娘2人です。長女は、ロッテの公式チア「M☆Splash!!」で「MEI」として踊った黒木芽依さん(27歳)。2008年の引退セレモニーでは、当時9歳の芽依さんが妹と並んでマウンドの父に花束を届けました。

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黒木知宏の元妻・再婚相手の情報は?妻は高校の先輩・裕子さん

黒木知宏さんが離婚や再婚を公表した記録は、今回確認した報道・インタビューの範囲では見つかりませんでした。結婚相手として名前が出ているのは裕子さんです。

2025年4月に公開された集英社「web Sportiva」の黒木芽依さんインタビュー(前編)は、芽依さんを知宏さんと裕子さんの長女として紹介しています。裕子さんは宮崎・延岡学園で知宏さんの1学年上にあたり、当時はソフトボール部に所属していました。ネット上には「野球部の元マネージャー」とする説明もありますが、今回開いた取材記事ではソフトボール部と書かれています。

1995年、プロ1年目のオフに宮崎で結婚式

2人が結婚したのは、知宏さんがプロ1年目だった1995年です。同郷の先輩・西村徳文さんの日刊ゲンダイ連載によると、知宏さんは1年目から一軍に定着して5勝を挙げ、その年のオフに地元・宮崎で式を挙げました。西村さんも出席しています。

式の前日、2人は共通の知人とゴルフをしていました。西村さんが運転するカートがブレーキの踏み違いで木に正面衝突し、助手席の知宏さんは足の痛みに顔をゆがめたそうです。本人は平気だと答え、実際にけがもありませんでした。この一幕は、2021年6月の西村徳文さんが黒木知宏さんの結婚式前日を振り返ったコラムに書かれています。

黒木知宏の家族と子供|娘2人の4人家族、次女はどんな人?息子はいる?

黒木知宏さんの子供は、長女の芽依さんと次女の2人です。2025年6月のSmart FLASHの黒木芽依さんインタビューによると、芽依さんは両親・妹と4人で暮らしています。両親がそろって宮崎県出身のため、家での会話は全員が宮崎弁だそうです。芽依さん自身は、ちいき新聞「チイコミ!」のインタビューで浦安生まれ浦安育ちだと話しています。

家での父の姿として芽依さんが挙げたのは、お風呂の習慣です。知宏さんは夕方の早い時間に入るのが好きで、入る前には自分で浴槽を掃除するとのこと。家族旅行も海外より温泉地が多く、父の好みだったのかもしれないと芽依さんは振り返っています。

父から言われ続けてきたのは、勉強でも部活でも、毎日何か1つを100%でやること。掃除やゴミ拾いも口酸っぱく言われ、大人になってその大切さが分かったとNumber Webのインタビューで話しています。父とキャッチボールをした際には、投球フォームが父にそっくりだと言われたそうです(前出のSmart FLASH)。

次女の名前や年齢、職業は、今回確認した記事では紹介されていませんでした。インタビューに登場するきょうだいは妹だけで、息子がいるという本人や家族の発言も見つかっていません。

姉妹で花束を渡した2008年3月15日

姉妹がそろって人前に立ったのが、父の引退セレモニーです。オープン戦ながら満員の本拠地で、芽依さんは妹と2人で花束を持ち、マウンドの父のもとへ向かいました。

THE ANSWERの芽依さんインタビューによると、芽依さんが今も覚えているのは、父が投げる間に両球団のファンが声援を止め、球場が静まり返ったこと。父がマウンドを降りると、「ジョニー!」の声が地鳴りのように響いたそうです。

黒木知宏の娘の年齢は?長女・黒木芽依は27歳

黒木芽依さんは1999年1月19日生まれで、2026年11月4日時点で27歳です。前出の集英社のインタビューによると、第一子の誕生を励みにした知宏さんは、1999年にキャリアハイの14勝を挙げています。

ロッテファンに語り継がれる1998年7月7日のオリックス戦は、芽依さんが生まれる約半年前の出来事です。本人は当時を知らず、連敗中や七夕の時期にテレビで流れる映像で後から知ったそうです(前出のSmart FLASH)。

物心ついたころの父は、けがのリハビリで二軍の浦和球場を走っていたそうです(前出のTHE ANSWER)。マウンドの父として最初に覚えているのは、おそらく2005年8月28日のオリックス戦での復帰登板だと、前出のNumber Webで語っています。

時期芽依さんの年齢出来事
1999年1月19日0歳知宏さんと裕子さんの長女として誕生
2008年3月15日9歳父の引退セレモニーで妹と花束を渡す
2018年19歳ZOZOマリンスタジアムでビールの売り子を始める(4年間)
2021年22歳M☆Splash!!のオーディションに合格
2022年3月23歳「MEI」としてオープン戦でデビュー
2023年24歳父がロッテの投手コーチに就任
2024年12月25歳M☆Splash!!を卒業
2025年2月26歳タレント活動を開始
2026年8月27歳自身の番組で父にインタビュー

年齢は生年月日から計算しています。

黒木芽依の小学校はどこ?校名は未公表、運動会で見た父の素顔

芽依さんの出身小学校の校名は、今回確認したインタビューやプロフィールでは明かされていません。分かっているのは、浦安で生まれ育ったことです。

小学生のころの思い出として、芽依さんはNumber Webのインタビューで運動会の父を振り返っています。知宏さんはリレーで必死に走り、保護者が出る大会でも投手として全力で投げたそうです。集英社のインタビューでも、入学式や運動会、バレエの発表会に積極的に来る一方、勉強をおろそかにすると厳しく叱る父だったと語っています。

芽依さんが夢中になったのは、3歳で始めたクラシックバレエです。きっかけは幼なじみの発表会で見た衣装でした。ジャズダンスや水泳、テニスも習いましたが、中学受験の塾に通う時期にバレエ一本に絞っています。

黒木芽依の高校は東海大浦安|母校の応援でマリンのスタンドへ

芽依さんは東海大浦安中に入学し、東海大浦安高へ内部進学しました。前出のチイコミ!のインタビューによると、高校では応援委員会(現在のダンス部)に所属し、野球部の応援で踊っていました。

高校1年の夏、野球部は千葉大会の準決勝まで勝ち進みます。芽依さんは、父がかつて本拠地にしていたマリンスタジアムで3試合を応援し、踊りながら声をからしたそうです(集英社インタビュー前編の高校時代のページ)。

同じころ、身長153cmが壁となってバレエ団のオーディションに参加できず、教室の先生の勧めでジャズダンスやコンテンポラリーダンスにも取り組み始めました。

黒木芽依の大学は日本女子体育大学|舞踊学を専攻し、球場では売り子に

集英社「web Sportiva」のインタビュー(後編)によると、日本女子体育大学では体育学部運動科学科で舞踊学を専攻しました。学ぶ内容の約8割がダンスで、バレエ、ジャズ、コンテンポラリー、エアロビクスの授業があり、残りは体のことや栄養学でした。

在学中の2018年からは4年間、ZOZOマリンスタジアムでビールの売り子として働きました。サワー担当の日はタンクと氷、シロップで約30kgを背負いましたが、よく売れる夏は早く軽くなったそうです(前出のSmart FLASH)。当時は解説者だった父から、その日に何杯売れたかをよく聞かれたといいます。

黒木芽依のチア時代|ロッテ公式「M☆Splash!!」のMEIとして3年間

芽依さんは2022年から2024年まで、ロッテの公式チアパフォーマー「M☆Splash!!」に「MEI」の名で所属しました。

大学卒業を控えてM☆Splash!!を目指したものの、コロナ禍で一般オーディションは開かれませんでした。前出のNumber Webによると、一般企業での勤務を経てダンスに専念し、球団に何度も電話して自分のダンス動画を見てほしいと頼んだこともありました。その際、父が黒木知宏さんであることは伏せていました。

2021年のオーディションでは、約200人の応募者から合格者9人に残ります。前出のTHE ANSWERによると、父に伝えたのは応募を済ませた後で、驚いた父からは「そんな甘くない」と激励されたそうです。母には日ごろから活動や近況を話していたといいます。

合格を知った父は喜び、さまざまな覚悟をするよう娘に伝えたといいます。入団後は2カ月で20曲以上の振り付けを覚えたと、前出のチイコミ!のインタビューで話しています。

デビューは2022年3月のオープン戦です。翌2023年には父がロッテのコーチに就任し、父娘が同じチームで2シーズンを過ごしました。在籍中はパフォーマンスに加えてイベントMCやダンスインストラクターも務め、ファンからは父の愛称にちなんで「ジョニ子」と呼ばれました。

チアの活動は3年をめどにすると決めていたそうです。2024年12月に卒業し、翌2025年2月に事務所「ザッキーファーム」に入ってタレントに転身しました(パ・リーグ.com掲載のスポーツ報知の転身記事)。同じ記事で知宏さんは、オーディションも卒業も娘からは事後報告だったと明かしています。

集英社インタビュー後編の卒業を語ったページによると、卒業を報告した芽依さんに、父は「黒木知宏の娘」という肩書がこれまで以上について回ると厳しめに忠告しました。それでも最後は、好きな仕事ができるありがたみを感じて頑張るよう背中を押したそうです。

黒木芽依のアパホテルCM|父・黒木知宏と共演した「親子の会話篇」

父娘がそろって出演したのは、アパホテル&リゾート〈東京ベイ幕張〉の鉄板焼「THE 七海」のCM「親子の会話篇」です。アパグループ公式サイトの「親子の会話篇」CMページには、出演者として「黒木知宏(元プロ野球選手)」「黒木芽依(アパホテルPR大使)」と記されています。

舞台の「THE 七海」は、アパホテルによるリニューアルオープンの告知によると、同ホテルのセントラルタワー49階で2025年12月19日に新たに開いた店です。

きっかけは2025年のアパホテルPR大使

芽依さんは、アパホテルPR大使2025を決める「笑顔No.1決定戦2025」でグランプリを受けています(公式ファンクラブ開設時のプレスリリース)。公式ファンクラブのお知らせでは、2025年8月1日からアパホテルのテレビCMに出演し、全国ネットや関東・宮城のローカルで流れると告知しています。父との「親子の会話篇」は、このPR大使としての出演に続く一本です。

番組MCとして投手コーチの父にインタビュー

CM以外でも父娘の共演は実現しています。芽依さんがMCを務める日テレNEWS24「MEIっぱいマリーンズ」の2026年8月7日放送回で、ロッテの投手コーチを務める父にインタビューしました。

よろず~ニュースの記事によると、芽依さんは自身のインスタグラムで、ユニホーム姿でグラウンドに立つ父は普段の父とはまったく違って見え、一人のインタビュアーとして臨んだとつづっています。父への取材は2025年2月の春季石垣島キャンプ以来です。前出の集英社インタビュー後編によると、このキャンプでの父への取材が、芽依さんにとって芸能活動で最初の仕事でした。

まとめ|黒木知宏の家族と娘・黒木芽依の歩み

黒木知宏さんの妻は、延岡学園でソフトボール部にいた1学年先輩の裕子さんです。2人はプロ1年目の1995年に宮崎で式を挙げました。離婚や再婚を公表した記録は見つからず、長女の芽依さんは2025年の取材で両親・妹との4人暮らしを語っています。

芽依さんは9歳で父の引退セレモニーに花束を届け、東海大浦安高ではスタンドから野球部を応援しました。日本女子体育大学を経て23歳でロッテの公式チアとなり、2025年からはタレントとして活動しています。アパホテルのCMでは父と共演し、2026年には自身の番組で投手コーチの父にマイクを向けました。

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