外崎修汰の結婚と家族|妻(奥さん)・娘2人・立川の自宅・父親・母親・弟

埼玉西武ライオンズの外崎修汰(とのさき・しゅうた)選手は、プロ2年目の2016年7月24日に結婚しました。妻は弘前実業高校の1学年下の後輩と伝えられる一般女性で、2024年5月時点で7歳と1歳の娘が2人います。

「立川」は、2016年に婚姻届を出した場所として報じられた地名です。現在の住まいを示す本人発言や球団発表は見当たりません。本人が建て替えを語った家は、青森県弘前市でりんご園を営む両親の実家です。父は日出城さん、母は公子さん、3歳下には弟の隼汰さんがいます。

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外崎修汰の結婚は2016年7月24日?プロ2年目の23歳

外崎選手が婚姻届を出したのは、2016年7月24日の日曜日です。西武が公式サイトに「外崎修汰選手 入籍のお知らせ」を載せたのは、5日後の7月29日でした。結婚した日を調べると二つの日付が出てくるのはこのためで、入籍日は7月24日です。

当時の外崎選手は23歳。富士大学から2014年ドラフト3位で西武に入り、まだ一軍と二軍を行き来していた頃です。年度別成績を見ると、2016年の一軍出場は37試合。翌2017年に135試合へと増え、レギュラーに定着しました。レギュラーをつかむ前に夫婦になったふたりです。

外崎修汰の妻(奥さん)はどんな人? 高校の後輩と7年の交際

妻は外崎選手と同じ青森県出身の一般女性で、弘前実業高校では1学年下だったと報じられています。球団の発表は入籍日を伝えるだけで、氏名や年齢、職業、写真は公表されていません。

交際を始めた7月24日を入籍日に

結婚の翌年に掲載された記事によると、ふたりの交際が始まったのは外崎選手が高校2年の頃です。付き合い始めた7月24日を、7年後に入籍の日として選んだと伝えられています。

FA残留を決めた2022年、妻が伝えた言葉

夫婦のやりとりを、外崎選手自身が明かしたこともあります。2022年に国内FA権を取得し、西武に残るか移籍するかを考えていたときのことです。

西武が2022年11月5日に掲載した一問一答で、誰かに相談したかと問われた外崎選手は、家族と少し話し合ったと答えています。妻からは、自分が決めたほうについていく気持ちだと言われたそうです。球団幹部から必要な選手だと直接伝えられたことも挙げ、最後は自分で考えて決めたと語りました。結果はFA権を行使したうえでの4年契約です。

その4年契約は2026年が最終年です。外崎選手は故障者特例で、9月30日付で海外FA権も取得しました。10月31日の取材では、行使について「未定です」と話しています(2026年11月2日時点)。

外崎修汰の家族は妻と娘2人?長女と次女が見たサヨナラ打

外崎選手の子供は、長女と次女の娘2人です。名前や生年月日は公表されていません。日刊スポーツは2024年5月4日の試合を伝える記事で、スタンドで観戦した妻と長女(7歳)、次女(1歳)に触れています。

2024年5月4日、延長十回のサヨナラ打

ベルーナドームでのソフトバンク戦。1点リードの八回、外崎選手は併殺を狙った一塁への送球がそれ、同点の走者を還してしまいます。それでも延長十回、二死満塁で中前へ運び、5対4でサヨナラ勝ち。チームの延長戦での連敗を15で止めました。

翌5日はこどもの日。西日本スポーツによると、家族も球場で観戦しており、試合後に出迎えた長女とは親指を立て合いました。本人はお立ち台で涙を浮かべ、うれしくて泣いたのは初めてかもしれないと話しています。プロ初のサヨナラ打は2020年7月24日。入籍日と同じ日付です。

3歳の長女はエルサ好き 家ではオラフ役も

2020年4月の自主練習公開で、外崎選手は自宅での過ごし方を明かしています。当時3歳だった長女との遊びは、もっぱら『アナと雪の女王』のおままごとでした。

エルサが大好きな娘を相手に、外崎選手は雪だるまのオラフや山男のクリストフを演じます。1回30分ほどで、映画の場面を再現する日もあれば、そうでない日もあったそうです。役にはなかなか慣れないと笑っていました。

外崎修汰の自宅は立川? 婚姻届の提出先と弘前の実家

外崎選手が家族と立川市に住んでいると確認できる本人発言や球団発表は、見当たりません。立川という地名が出てくるのは、主に2016年の結婚を当時のスポーツ紙をもとに紹介した記事です。そこに書かれているのは、婚姻届の提出先としての立川市役所です。

立川の名前が出てくるもう一つの話

2024年1月には、当時のチームメートだった佐藤龍世選手が、外崎選手に教わった立川の焼き肉店を週刊ベースボールで紹介しています。ホルモンと盛岡冷麺が売りの店で、1カ月足らずで3回ほど通ったのは佐藤選手のほうです。こちらも住まいについての話ではありません。

両親に贈った弘前の家には床暖房

外崎選手が自分の言葉で詳しく話した家は、青森県弘前市で両親が暮らす実家です。2021年1月、所沢での自主トレ後に取材に応じ、2020年オフに実家を建て替えたことを明かしました。

以前の家は、薪ストーブをたいても隙間風が冷たかったそうです。新しい家には床暖房が入り、年末年始に帰省した外崎選手も朝の暖かさを実感。両親からは「ありがとう」と声をかけられたと話しています。

外崎修汰の父親は日出城さん?外崎りんご園の三代目園主

外崎修汰の父親は日出城さん?

父親は外崎日出城(ひでしろ)さんです。

外崎りんご園の公式サイトのあいさつには、日出城さんが祖父の代から受け継いだ畑を守る三代目の園主だと記されています。弘前で100年以上続く農園で、息子の修汰さんも小さな頃からその畑で育ちました。

「りんご台風」の翌年に生まれた長男

修汰さんが生まれる前年の1991年秋、青森のりんご産地は「りんご台風」と呼ばれる台風19号に襲われました。後援会の紹介ページにも、りんごが全滅したその翌年に修汰さんが生まれたとあります。

その後も家計に余裕があったわけではありません。それでも日出城さんは野球を続ける息子にグラブを買い、修汰さんは壊れたところを直しながら中学から高校までの6年間使い続けたと報じられています。

西武ファンにも届く「外崎りんご」

実家のりんごは、西武のファン感謝イベントでも販売されてきました。2017年の「LIONS THANKS FESTA」に「LIONSリンゴ園」が出店し、2021年には予約制で2年ぶりに復活しています。

農園のサイトには、地元の有志がつくる外崎修汰後援会「弘前44(獅子)の会」のページもあります。後援会が地元の少年野球にボールなどを寄贈したことは、地元紙・陸奥新報も伝えています。

外崎修汰の母親は公子さん?元社会人バスケットボール選手

母親の名前は公子さんと、地元メディアで紹介されています。両親ともにバスケットボールの経験者で、母は社会人チームでプレーしていました。後援会の紹介文も、父さん母さんはバスケットで野球とは縁のない家だったと書いています。

庭にバスケのリングがある家で育つ

外崎家の庭にはバスケットボールのリングがあったといいます。ただし、地域に男子のチームがなかったため、修汰さんが本格的にバスケを始めることはありませんでした。野球を始めたのは小学4年のときで、地元の軋式チーム「桔梗野ボンバーズ」が出発点です。

プロ入りの夢を後押しした両親

ドラフトを前にプロ野球選手になりたいと伝えたとき、母はやりたいことをやってほしい、父は野球で後悔してほしくないと話したと伝えられています。りんご園の経営が苦しい時期も、両親は息子の野球を止めずに支えました。

外崎修汰の兄弟は3歳下の弟・隼汰さん

外崎選手には3歳下の弟がいます。本人は、弟のほうが体が大きく、野球も上手だったと語っています。

弟をライバル視していた少年時代

弟との仲について話したのは、源田壮亮選手、秋山翔吾選手と出演した文化放送「ライオンズエクスプレス」です。ファン感謝祭で弟に会ったというリスナーから、兄弟は仲がいいのかと聞かれました。

答えは、昔はあまり良くなかったという率直なもの。兄の自分より弟のほうが何でもできるように見えて、つい競争相手として見てしまったそうです。

関係が変わったのは、中学、高校に上がる頃でした。3学年離れているため、兄が卒業すると弟が入学します。一緒に過ごす時間が減り、自分も大人になるにつれて、自然に弟として見られるようになったと、パ・リーグ公式サイトに載った対談で振り返っています。

弟も弘前実業から大学野球へ

弟は外崎隼汰さんと紹介されています。野球の経歴サイトでは、兄と同じ弘前実業高校から富士大学へ進んだと記載されています。

実家のりんご園を弟が継いだのかという点は、農園自身の案内が手がかりになります。公式サイトが園主として紹介しているのは、今も父・日出城さんです。隼汰さんが四代目に就いたという発表は、確認できません。

まとめ:外崎修汰の結婚と家族|妻(奥さん)・娘2人・立川の自宅・父親・母親・弟

外崎修汰選手が結婚したのは、西武に入って2年目の2016年7月24日です。妻は弘前実業高校の後輩と伝えられる一般女性で、2022年のFA残留の際には、夫が決めたほうについていくと伝えました。娘は2人。2024年5月4日には、妻と娘たちが観戦する前で延長十回のサヨナラ打を放っています。

立川は婚姻届の提出先として報じられた地名で、住まいを示す公表情報はありません。外崎選手が建て替えを語ったのは、弘前市の実家です。父・日出城さんは外崎りんご園の三代目園主、母・公子さんは元社会人バスケットボール選手。3歳下の弟・隼汰さんも、兄と同じ弘前実業から大学野球へ進みました。

4年契約の最終年を終えた外崎選手は、2026年10月31日時点で海外FA権の行使を「未定」としています。

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