元アルペンスキー日本代表の皆川賢太郎さん(49歳)は、モーグルの上村愛子さんと2023年12月に離婚しました。その後の再婚については、2026年10月30日時点で本人からの発表はなく、再婚を伝える報道も見当たりません。再婚相手とされる人物も特定されていません。
名前と一緒に検索される「秘書」は、離婚が公表された日に写真週刊誌が報じた女性の話から広まったものとみられます。ただし皆川さん本人は、離婚の原因が女性関係であることを否定しています。
ここでは上村さんとの結婚から離婚までの流れ、報道の中身と当事者の説明、実家のペンション、自宅と現在の仕事を、確認できた出典にもとづいて整理しました。
皆川賢太郎は再婚した?再婚相手について分かっていること
皆川さんの再婚は、2026年確認されていません。本人や代表を務める会社からの発表はなく、新聞・スポーツ紙・週刊誌にも再婚や入籍を伝える記事は見当たりません。再婚相手として名前が挙がった人もいません。
再婚がうわさされるきっかけになったのは、離婚公表と同じ日に出たFLASHの「秘書」報道です。ただ、記事はこの女性を再婚相手とは書いておらず、その後の2年間、交際や結婚を伝える続報もありません。
皆川賢太郎の結婚歴|元奥さんはモーグルの上村愛子さんで離婚理由は?

皆川さんの結婚歴は、上村愛子さんとの1度です。2009年6月11日に婚姻届を出し、2023年12月9日に離婚。夫婦だった期間は約14年半でした。2人の間に子どもが生まれたという発表はありません。
交際から離婚までの時系列
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2007年6月11日 | 交際スタート |
| 2008年12月25日 | 皆川さんがプロポーズ |
| 2009年6月11日 | 婚姻届を提出し、東京・岸記念体育会館で結婚会見 |
| 2010年2月 | バンクーバー五輪に夫婦で出場 |
| 2010年9月26日 | 挙式 |
| 2014年 | 2人とも現役を引退 |
| 2023年12月9日 | 離婚 |
| 2024年10月2日 | 連名で離婚を公表 |
馴れ初めとプロポーズ
きっかけは2007年、野沢温泉で開かれたイベントでの再会でした。それまで皆川さんにとって上村さんはテレビで見る存在に近く、話したこともなかったそうです。再会後に食事へ行き、2007年6月11日に交際を始めました。皆川さんは結婚会見で、上村さんと話すうちに「ウソがない」と直感してひかれたと明かしています(オリコンの会見一問一答)。
上村さんのほうは最初、皆川さんを怖そうで近寄りがたい人だと思っていたそうです。それでも会見では「実際に話をしてみるとすごくやさしい人」と語っていました(スポーツナビ)。
プロポーズは2008年のクリスマス。付き合い始めのころに2人で行った、東京タワーが見える場所で、皆川さんがあらたまった敬語で結婚を申し込みました。婚姻届を出した2009年6月11日は、交際を始めてちょうど2年の日です。
結婚発表は、上村さん29歳、皆川さん32歳のとき。AFPBB Newsの記事によると、8か月後に迫ったバンクーバー五輪に備えるため早めに公表し、式と披露宴は五輪後に回しました。そのバンクーバーで上村さんは4位、皆川さんは1本目のスタート直後にコースアウト。式は2010年9月26日に挙げています。
離婚の理由|
2024年10月2日、2人はインスタグラムと、報道各社への直筆サイン入りファクスで離婚を報告しました。
デイリースポーツが全文を掲載した報告文では、引退やコロナ禍を経て「人生観について話し合う機会が自然と増えて」いき、互いの生き方を尊重した末の結論だと説明しています。文書には、引退後の皆川さんがスキー連盟の改革やスノーリゾート再生の仕事で東京や地方を回り、上村さんは自然の中での暮らしを大切にしてきたことも書かれていました。
皆川賢太郎の彼女は「秘書」?報道された女性について分かっていること
2026年10月時点で、皆川さんとの関係が報じられた女性は、FLASHが伝えた秘書のような立場の女性1人だけです。
FLASHの記事(2024年10月2日)は、スキー関係者の話として、2人は結婚後に東京と白馬村の2拠点で暮らし、3〜4年前からは完全に別々に住んでいたと伝えました。そのうえで、皆川さんに近い人物の話として数年来の深い関係にある女性がいるとし、その女性は「秘書的存在」で、出張にも同行していると報じています。女性の名前や年齢は書かれていません。
女性自身も同じ日、スキー関係者の話として、ここ数年は皆川さんが東京と苗場、上村さんが白馬を拠点にしていて、「ほぼ“別居”のような状態」だったと伝えました。こちらの記事に女性の話は出てきません。
これに対し、皆川さんはFLASHにメールで回答しています。出張が多く別々に過ごす時間はあったが別居したことはない、離婚届は2023年12月9日に出した、離婚の原因は女性関係ではない、という内容です。白馬で直撃を受けた上村さんも、けんかなどがあったわけではなく、お互いに各地を飛び回るうちに距離ができたと話し、女性問題は否定しました。今も連絡を取り合い、仕事で一緒になる機会もあるそうです。
2人が公式に挙げた理由は、引退後の生活の変化と人生観についての話し合いです。「秘書」はFLASHが関係者の話として報じた内容で、皆川さん、上村さんとも離婚の理由としては否定しています。
皆川賢太郎の実家は苗場のペンション|現在はゲストハウスに
新潟県湯沢町の苗場が地元
皆川さんの実家は新潟県南魚沼郡湯沢町の出身です。地元の苗場は苗場スキー場を中心としたスキーリゾートで、両親が営んでいたペンションもこの地域にありました。
父の皆川賢治さんは、日本競輪学校27期の元競輪選手とされています。2009年の結婚会見を伝えたオリコンの記事によれば、父親は前年の秋に亡くなっており、皆川さんは結婚を報告したかったと語っていました。
両親のペンションを引き継ぎ、2020年に改装
実家のペンションは現在、「Heidi Guest House(ハイジ ゲストハウス)」という宿になっています。
新潟県観光協会の公式ブログ記事によると、両親が営業をやめた後に皆川さんが運営を引き継ぎ、2020年に大規模な改装を行ってゲストハウスとして開業しました。
チェックインからチェックアウトまで宿泊客が自分で行うセルフ方式で、湿度の高いフィンランド式サウナと、井戸水を使った露天の水風呂があります。客室は7室で、暖炉のあるラウンジや檜の風呂も備えています。館内には皆川さんがトリノ五輪で着た日本代表のウエアも飾られていると紹介されています。同協会の施設ページによると、苗場で開かれるフジロックの名物フェス飯「森のハイジカレー」も宿泊料金に含まれています。
上村愛子さんの実家もペンション
皆川さんと上村さんには、実家がペンションという共通点があります。コトバンク(日本人名大辞典+Plus)の上村愛子さんの項目では、上村さんは2歳のとき、両親のペンション経営を機に兵庫県から長野県へ移ったと記されています。皆川さんの実家は新潟県の苗場、上村さんの実家は長野県で、まったく別の施設です。
皆川賢太郎の自宅はどこ?公表されている生活と仕事の拠点
自宅の所在地は公表されていない
皆川さんの自宅の場所は公表されていません。個人の住まいに関わる情報なので、この記事でも推測はしません。
公になっているのは、生活や仕事の拠点に関する情報です。2009年の結婚当時、2人は東京都内で一緒に暮らしており、婚姻届も都内の区役所に出したとスポーツナビが報じています。
連名の離婚報告には、引退後の皆川さんがスキー連盟の改革やスノーリゾートの再生を仕事にして東京や地方へ出向き、上村さんは自然豊かな環境で過ごしてきたことが書かれています。週刊誌は、結婚後は東京と白馬村の2拠点生活で、近年の皆川さんは東京や苗場が主な拠点だったと伝えました(FLASH、女性自身)。ただ、皆川さんは前述のとおり別居を否定しています。
現在の仕事はスノーリゾート経営
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1977年5月17日(2026年10月時点で49歳) |
| 出身地 | 新潟県南魚沼郡湯沢町 |
| 学歴 | 関根学園高校から北照高校へ編入、日本体育大学卒業 |
| 五輪 | 1998年長野から2010年バンクーバーまで4大会連続出場 |
| 主な成績 | 2006年トリノ五輪 男子回転4位 |
| 現役引退 | 2014年 |
| 現在の役職 | Japan Snow Mountain Consulting代表取締役、勝山高原開発 副社長兼リゾート事業執行責任者 |
トリノ五輪の4位は、銅メダルまで0秒03という僅差でした。日本のアルペン選手の五輪成績としては、1956年に猪谷千春さんが銀メダルを獲得して以来、50年ぶりの好成績です。
引退後は2015年に全日本スキー連盟の理事となり、2017年に競技本部長に就任して連盟改革を進めました。しかし2020年10月の理事改選で選任案が否決され、同年12月に競技本部長を辞任しています。
その後はスキー場経営が仕事の中心です。2021年から約5年間、岩手県の安比高原(APPI)でスキー場の最高責任者として経営と改革を指揮しました。2025年10月に設立された株式会社Japan Snow Mountain Consulting(JSMC、本社・東京都中央区)では代表取締役を務めています。
2026年10月8日には、福井県勝山市の「JAM福井勝山マウンテンリゾート」を運営する勝山高原開発の副社長に就いたことが、JSMCのプレスリリース(PR TIMES)で発表されました。2026-27シーズンからは、東京の会社を率いながら福井のスキー場経営にも加わります。
まとめ:皆川賢太郎の再婚相手・彼女・秘書報道の事実、結婚歴と元奥さん、実家ペンションと自宅
2026年10月30日時点で、皆川賢太郎さんの再婚は確認できず、再婚相手も分かっていません。「秘書」は2024年10月のFLASH報道に出てくる表現で、証言はいずれも匿名でした。皆川さんは、離婚と女性関係の結びつきを否定しています。
結婚歴は2009年6月の上村愛子さんとの結婚で、2023年12月9日に離婚し、2024年10月2日に2人の連名で公表しました。実家は湯沢町・苗場のペンションで、皆川さんが引き継いだ後、2020年にHeidi Guest Houseとして生まれ変わっています。自宅の場所は非公表で、現在はスノーリゾートの経営者として東京や地方を行き来しながら活動しています。
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