オリックス・バファローズの九里亜蓮(くり・あれん)投手の嫁は、地元・鳥取県米子市出身で同い年の一般女性です。中学時代からの知り合いで、九里投手がプロ2年目のころに交際を始め、2016年4月に結婚しました。2026年には結婚10周年を迎えています。
子供は長男と長女の2人。九里投手自身はアメリカ人の父と日本人の母のあいだに生まれ、少年時代の大半を母方の祖母のもとで過ごしました。
ネット上には、結婚日や子供の人数が食い違った情報もまだ残っています。この記事では、新聞・スポーツ紙の報道と球団の公表情報で確認できたことを軸に、奥さん、子供、両親、おばあちゃんの順に整理しました。
【九里亜蓮の家族構成】
| 続柄 | 確認できている情報 |
|---|---|
| 本人 | 1991年9月1日生まれ、鳥取県米子市出身。オリックス投手(背番号22) |
| 妻 | 米子市出身の同い年の一般女性。2016年4月に結婚 |
| 長男 | 2018年2月生まれ |
| 長女 | 2024年5月の報道時点で4歳 |
| 父 | マーク・アントニオ・シェックさん。米国在住、元ブレーブス傘下3Aの遊撃手 |
| 母 | 早登江さん。離婚後は営業職で家計を支えた |
| 祖母 | 淳子さん(母方)。中学卒業まで九里投手を育てた |
| 妹 | 聖莉奈さん。プロ入り当時はモデルとして活動 |
九里亜蓮の嫁(奥さん)は何者?名前「さや」と年齢・歳の差

嫁は鳥取県米子市出身の同い年の一般女性
九里投手が結婚を公表したのは、2016年のシーズンが終わった12月21日です。日刊スポーツは相手を「鳥取出身の一般女性(25)」と報じ、スポーツ報知は中学時代から面識のあった米子市出身の女性だと伝えました。
芸能活動の経歴はなく、職業や学歴も公表されていません。表に出ている情報が少ないので「何者なのか」と気になる人が多いのですが、報道ではっきりしているのは、米子出身であること、九里投手と同い年であること、中学時代からの知り合いであることの3点です。
奥さんをハーフだとする書き込みもネットで見かけます。ただ、それを裏付ける報道は見当たりません。日米のハーフなのは九里投手本人のほうで、この点は後半で詳しく触れます。
嫁の名前は「さや」?公表されている範囲
奥さんの名前が、球団や九里投手から正式に発表されたことはありません。「さや」という名前は数年前からネット上で語られていましたが、裏付けとして確認できるのは奥さん自身のInstagramです。
2026年4月、西スポWEB OTTO!が結婚10周年の夫婦写真を報じた際、写真の出典として夫人のアカウント「sayakuri_414」を明記しました。「さや」さんという呼び名は、このアカウント名と一致します。漢字の表記や旧姓は分かっていません。
嫁の年齢は?歳の差はなく同い年
結婚を発表した2016年12月の時点で、二人はともに25歳でした。その10年後、2026年春の投稿で奥さんは35歳の誕生日を迎えたことを報告しています。九里投手は1991年9月1日生まれで、2026年9月に35歳になりました。
二人とも1991年生まれで、歳の差はありません。年の差婚ではなく、同じ町で育った同世代同士の夫婦です。
九里亜蓮の結婚はいつ?嫁との馴れ初め

中学時代に知り合い、プロ2年目に交際スタート
二人の出会いは、米子で過ごした中学時代にさかのぼります。とはいえ、当時から付き合っていたわけではありません。日刊スポーツによると、交際が始まったのは九里投手がプロ2年目のころです。ルーキーイヤーに開幕ローテーション入りした九里投手が、一軍登板わずか7試合に終わった2015年。その年に、地元で昔から知る女性との交際がスタートしました。
スポーツ報知は、約1年の交際を経ての結婚と伝えています。まとめ記事の多くは「中学の同級生」と書いていますが、報道で確認できるのは「中学時代に知り合った」「面識があった」という表現までです。同じ学校、同じクラスだったかどうかは明らかになっていません。
2016年4月に婚姻届、公表はシーズン後の12月
婚姻届を提出したのは2016年4月14日(スポーツ報知)。開幕して間もない時期の入籍でしたが、発表はオフの12月21日まで持ち越されました。
この年のカープは25年ぶりのリーグ優勝を果たし、九里投手もロングリリーフや谷間の先発として、当時自己最多の27試合に登板しています。発表の際には奥さんについて「食事の管理もしてくれている」と感謝を口にし、翌年を勝負の年と位置づけました。その2017年は9勝を挙げ、リーグ連覇に貢献しています。
ネットで混同されやすい情報を整理
| よく見かける情報 | 報道で確認できる事実 |
|---|---|
| 結婚日は2016年4月21日 | 婚姻届の提出は4月14日(発表は12月21日) |
| 嫁は中学の同級生 | 確認できるのは「中学時代に知り合った」まで |
| 子供は息子1人 | 長男と長女の2人 |
| 嫁はハーフ | 裏付けとなる報道はない |
| 嫁の名前は「さや」 | 正式発表はなし。根拠はInstagramのアカウント名 |
九里亜蓮の奥さんのインスタと嫁の画像

結婚10周年の2ショットが話題に
奥さんの写真が大きく報じられたのは、2026年4月の投稿でした。結婚10周年と自身の35歳の誕生日を同時に報告し、九里投手の肩に頭を寄せた2ショットを載せています。
添えた文章では、これまで積み上げてきたものを大切にしたいとつづり、人生の上り坂と下り坂、そして「まさか」の3つの坂を挙げて「どの坂も一緒にうまく乗りこなそう!」と締めくくっています。ファンからは夫婦の見た目や変わらない仲の良さをたたえるコメントが相次いだと、西スポWEB OTTO!の結婚10周年の記事が伝えました。
35歳の誕生日は家族そろってお祝い
2026年9月1日、今度は九里投手の35歳の誕生日に合わせた投稿がニュースになりました。おそろいの白いシャツで寄り添う2ショットに加えて、子供たちと一緒にケーキのろうそくを吹き消す場面も公開。昼は夫婦でランチをして、夜は家族で祝ったそうです。
投稿の最後には、それぞれが忙しい毎日のなかで家族と過ごす時間の尊さに気づいた一日だった、という趣旨の言葉が添えられていました。
嫁の画像を探すときに気をつけたいこと
奥さんの顔が分かる写真は、本人が公開しているInstagramの投稿と、それを紹介した報道記事で確認できます。九里投手も公式アカウント(@allen_kuri_11_official)を持っていますが、奥さんはあくまで一般の方です。画像の無断転載や、家族の生活圏を探るような詮索は避けたいところです。
九里亜蓮の子供は何人?息子と娘の年齢

子供は長男と長女の2人
九里投手の子供は2人です。2024年5月のデイリースポーツの記事で、6歳の長男と4歳の長女の父親として紹介されました。「息子が1人」と書かれた記事もまだ見かけますが、今は2人兄弟です。
2026年10月時点の年齢の目安をまとめると、次のようになります。
| 子供 | 生まれ | 2026年10月時点 |
|---|---|---|
| 長男 | 2018年2月 | 8歳 |
| 長女 | 2019〜2020年ごろ | 6〜7歳 |
名前や、通っている幼稚園・学校は公表されていません。
息子(長男)は2018年2月生まれ
長男が生まれたのは2018年2月です。その年の6月17日、父の日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)で、九里投手は9回を投げ切ってプロ初の完投勝利を挙げました。チームの連敗を5で止める1勝です。週刊ベースボールONLINEは、第1子の誕生から約4カ月の「新米パパ」が父の日に大仕事をしたと伝えています。
2020年9月には、自身2度目の完封勝利について、当時2歳だった長男の一言が原動力になったと日刊スポーツが報じました。
オリックスに移った2025年には、球場で親子共演も実現しています。6月27日の楽天戦(京セラドーム大阪)で、長男が試合前に選手を守備位置へ迎える「スタメンキッズ」として登場しました。長男を迎えたのは、岡山理大付高と亜細亜大で九里投手の後輩にあたる一塁の頓宮裕真選手です。
長男に本塁打をリクエストされた頓宮選手は、お尻をポンとたたいてもらって試合に臨み、本当に8号2ランを放ちました。この日は九里投手も6勝目。試合後には「大きくなって覚えてくれていたらいいな」と話しています(日刊スポーツ)。家族は基本的にいつも試合を見に来ているそうです。
娘(長女)は2019〜2020年ごろの生まれ
長女の誕生日は公表されていません。2024年5月時点で4歳だったので、2019年5月から2020年5月のあいだに生まれた計算です。2026年は、幼稚園の年長から小学1年生にあたる年齢になります。
9月の誕生日投稿では、きょうだいそろってケーキを囲む様子が紹介されました。
子育てのモットーは「とりあえずチャレンジ」
デイリースポーツの子育てに関する記事で、九里投手は子供が「やりたい」と言ったことはひとまず挑戦させる方針を明かしています。スポーツ教室、学習塾、サッカー、バイオリン、生け花と、習い事の幅はかなり広め。続けたいと思えるものを自分で見つけてほしい、というのが親としての願いです。
仕事の悩みを家に持ち込まないタイプで、子供と遊んだり奥さんと話したりする時間が、自然と気持ちを休める時間になっているとも語っていました。そしてこの子育ての方針は、九里投手自身が父親から受け継いだものです。
九里亜蓮はハーフ?父親マーク・アントニオ・シェックさんとは

アメリカ人の父と日本人の母を持つ
九里投手は、アメリカ人の父マーク・アントニオ・シェックさんと、日本人の母・早登江さんのあいだに鳥取県米子市で生まれました。名前の「亜蓮」は英字で「Allen」と書き、NPBへの登録もこの綴りです。
小学2年生で野球を始め、3年生のときに父と一緒に渡米しました。現地の硬式野球チームでは内野手としてプレーしましたが、家庭の事情もあって1年ほどで帰国しています。
父親は元ブレーブス傘下3Aの遊撃手
父のマークさんは、アトランタ・ブレーブス傘下の3Aで遊撃手としてプレーした元プロ野球選手です。日刊ゲンダイによると、大学までは野球と並行して、アメリカンフットボール、バスケットボール、アイスホッケーにも打ち込んでいたといいます。
九里投手はプロ入り前、肩やひじを痛めた経験が一度もなく、その体の強さを父親のおかげかもしれないと話していました。プロ入り後も長期離脱がなく、移籍の際にはデイリースポーツが「タフネス右腕」と書いたほどです。
子供には何でも挑戦させる、というのが父の方針でした。九里投手は幼いころ、野球のほかにアメフト、バレーボール、空手、キックボクシング、テニス、駅伝まで経験し、最終的に野球を選んでいます。
17年ぶりの来日、CSで息子の投球を初観戦
両親の離婚後、父はアメリカで暮らしています。親子の交流は途切れておらず、2016年1月にはロサンゼルスでの自主トレ中に6年ぶりの再会を果たしました(中国新聞)。このとき父は、息子の活躍をネットで見ていると話したそうです。2019年の父の日には、日刊スポーツが米国で暮らす父への九里投手の感謝を伝えています。2023年1月の米国での自主トレでも、父がサポートしました。
大きな節目になったのが2023年の秋です。マークさんは10月12日、17年ぶりに来日しました(日刊スポーツ)。チームが勝ち進めば日本シリーズまで見届けるつもりで、11月上旬まで滞在する予定だったといいます。
九里投手はクライマックスシリーズのファーストステージ第1戦で延長10回から救援し、勝利を呼び込みます。続くファイナルステージ第1戦では、父も甲子園に同行するなか阪神相手に先発しましたが、5回4失点で敗戦投手に。父の前で白星はつかめませんでした。それでも中国新聞は、「父に投球を見せたい」という願いがかない、当時58歳の父がプロになった息子の投球を初めて生で観戦したと伝えています。
九里亜蓮の母親(お母さん)・両親とおばあちゃん
両親は小6で離婚、母は営業職で家計を支えた
九里投手が小学6年生のとき、両親は離婚しました。母の早登江さんは父親代わりとして営業の仕事に就き、出張で家を空けることも多かったといいます。そのため九里投手は、早登江さんの母である祖母・淳子さんと暮らすようになりました。
2013年のドラフト当日には、TBS系の特番『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』で、本人や家族へのインタビューを交えて半生が紹介されています。広島の入団会見には母と祖母、妹の聖莉奈さんがそろって姿を見せました。妹は当時、現役モデルとして紹介されています。
おばあちゃん淳子さんが「特攻隊長」を野球に戻した
九里投手の家族を語るうえで、祖母の淳子さんは欠かせない存在です。
日刊ゲンダイの祖母との記事によると、九里投手は中学の入学式の日に上級生の不良グループに囲まれ、痛めつけられました。翌日、やられたらやり返せという父の言葉を思い出し、3年生の番長に1対1の勝負を挑んで勝利。そのままグループに誘われ、「特攻隊長」と呼ばれるようになります。野球からも遠ざかり、けんかばかりの毎日でした。
転機は、けんか相手の家に頭を下げて回る祖母の姿を見たことです。グループを抜けると決めたものの、中学3年の夏には野球の大会への出場を邪魔されるなど、嫌がらせが続きました。
仕返しを心配した祖母は、知人を通じて市議会議員に相談します。本来なら認められない時期の転校が特例で許可され、条件として「祖母が毎日車で送り迎えすること」が求められました。待ち伏せを避けるためで、淳子さんはその送迎を引き受けています。
転校後、九里投手は地元の少年野球チーム・米子ビクターズのエースとして、岡山県で開かれた全国大会に出場しました。これが縁で岡山理大付高に進み、亜細亜大を経てプロへの道が開けます。
プロ1年目の2014年5月13日には、米子市民球場での阪神戦に先発し、112球で7回4安打1失点。勝ち星こそつきませんでしたが、地元で家族が見守るなか、祖母への恩返しとなる好投でした。中学時代にはこの球場でボールボーイを務めたこともあり、九里投手にとっては思い出の詰まったマウンドです(日刊スポーツ)。
オリックス移籍後の九里亜蓮と嫁・子供の現在
2024年11月、九里投手は海外FA権を行使しました。メジャー挑戦を視野に入れた権利行使と受け止められていましたが、12月12日に発表された移籍先はオリックス。広島の松田元オーナーは、九里投手が違うリーグの野球も見てみたいと話していたことを明かしています(デイリースポーツ)。背番号は22。2014年から11年間在籍した広島を離れる、プロ入り後初めての移籍です。
移籍1年目の2025年は25試合に登板して、チームトップの11勝(8敗)、防御率2.41。オフの契約更改では2000万円増の推定年俸1億6000万円でサインしました。2026年は27試合で9勝12敗、防御率3.19です(NPB公式の個人年度別成績より)。
2026年8月には、NPB公式サイトのコラムで、主力の先発投手を欠くチームのローテーションを支える存在として紹介されました。試合前の円陣で声出しを担当したり、自ら申し出て中4日で先発したりと、移籍2年目でチームを引っ張る立場になっています。最新の所属・登録情報は、オリックス・バファローズ公式の選手名鑑で確認できます。
その2026年は、結婚10周年、35歳の誕生日と家族の節目が続いた年でもありました。新天地の京セラドームにも家族が足を運び、奥さんのInstagramでは家族で祝う日常が発信されています。
まとめ|九里亜蓮の嫁「さや」さんは何者?同い年の妻との馴れ初め・インスタ、子供2人とハーフの両親・祖母
九里亜蓮投手の嫁は、中学時代から知る米子市出身の同い年の女性です。名前は正式に公表されていないものの、Instagramのアカウント名から「さや」さんと呼ばれています。子供は2018年生まれの長男と長女の2人で、九里投手自身はアメリカ人の父を持つハーフ。荒れた中学時代を祖母の淳子さんに支えられ、プロの道へ進んでいます。
子供の名前や学校のように公表されていない部分は、本人や家族が明かさない限り分からないままです。家族が自ら発信している範囲で、新天地で投げ続ける右腕を見守りたいところです。
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