川上憲伸さんは結婚しています。お相手はミナ・パターソンさんという一般女性で、2011年末に入籍していたことが、翌2012年2月の報道で明らかになりました。
現役時代から私生活をほとんど語らない人です。そのぶん「嫁はサントリーの社員らしい」「息子は駅伝選手」といった話が、出どころの分からないまま広まってきました。ここでは当時の新聞報道や公式プロフィール、スポーツメディアの記事で裏付けが取れた内容だけを使い、奥様と家族のことを整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 川上憲伸(かわかみ・けんしん) |
| 生年月日 | 1975年6月22日(2026年10月時点で51歳) |
| 出身地 | 徳島県徳島市 |
| 経歴 | 徳島商業高→明治大→中日(1998〜2008年)→ブレーブス(2009〜2010年)→中日(2012〜2015年) |
| 主な受賞 | 1998年新人王、2004年最優秀選手・沢村賞 |
| 現在 | 野球解説者、YouTuber |
NPBでの通算成績117勝76敗は、NPB公式サイトの個人年度別成績で確認できます。
川上憲伸の嫁(妻)はミナ・パターソンさん|結婚はいつ?画像は?

2011年末に入籍し、2012年2月の報道で判明
結婚が表に出たのは2012年2月8日。スポーツ報知が、お相手を「父が米国人の29歳一般女性」と紹介する記事を掲載しました。
本人が会見を開いて発表したわけではありません。川上さんは2011年11月にブレーブス傘下でFAとなり、2012年1月28日に中日復帰が決まったばかりでした。入籍はその前の2011年末で、正確な日付は明かされていません。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2009年1月 | ブレーブスと3年契約を結び渡米 |
| ブレーブス在籍中 | 知人に招かれたパーティーで出会う(報道による) |
| 2011年11月 | FAとなる |
| 2011年末 | 入籍(日付は非公表) |
| 2012年1月28日 | 中日復帰が球団から発表される |
| 2012年2月8日 | スポーツ報知などが結婚を報道 |
ネット上には「元嫁がいて、今の奥様とは再婚なのでは」という書き込みもあります。ただ、2011年末より前の結婚歴を伝えた報道は見つかりませんでした。結婚後に離婚や再婚が報じられたこともありません。
ミナ・パターソンさんはどんな人?報じられたプロフィール

2012年当時の報道で伝えられたのは、次の内容です。
- 名前:ミナ・パターソンさん
- 年齢:報道時点で29歳(当時36歳の川上さんより7歳年下)
- ルーツ:父が米国人、母が日本人
- 経歴:元英語講師で、語学が堪能
- 人物像:スレンダーな美人
気をつけたいのは、これらが「関係者の話を総合すると」という形で書かれていることです。川上さん本人が奥様の経歴を語ったわけではなく、その後に補足した記録も見当たりません。現在の仕事や暮らしぶりは公表されていません。
出会いはブレーブス入団後のパーティー
報道によると、2人はブレーブス入団後、知人に招かれたパーティーで知り合い、交際に発展しました。
アメリカでの3年間は、川上さんにとって順風とはいえない時期です。2010年は球団ワーストの開幕9連敗を喫し、オフには40人枠を外れて2Aへ降格。2011年はメジャーに一度も上がれず、右肩痛とも闘っていました。交際から入籍までの期間は、ちょうどこの苦しいシーズンと重なります。
本人は2020年の文春オンラインのインタビューで、ブレーブス時代は英語がまったく話せず、通訳がいない時間の過ごし方に苦労したと振り返っています。
結婚後は中日に復帰、2017年に引退
結婚が報じられた2012年、川上さんは4年ぶりに中日へ戻り、背番号11を再び背負いました。開幕2戦目の広島戦で6回無失点の白星を挙げたものの、その後は故障で離脱し、この年は3勝止まり。2013年10月には戦力外通告とともに引退とコーチ就任を打診されましたが、翌月に2年契約を結び直して現役を続けます。2014年には球団最多となる7度目の開幕投手も務めました。
2015年は右肩の腱板を痛めて一軍・二軍とも登板がなく、10月20日に中日退団を表明。リハビリを続けて復帰を目指したあと、2017年3月19日に現役引退を正式に表明しました。その後はCBCテレビ・ラジオの解説者や中日スポーツの評論家として活動し、2020年にはYouTubeチャンネル「川上憲伸 カットボールチャンネル」を開設しています。
川上憲伸の嫁の画像は公開されている?
公開されていません。ミナさんは一般女性で、結婚報道で伝えられたのも名前と経歴まででした。本人や球団が奥様の写真を公表した事実も確認できません。
「嫁の画像」をうたうページを見かけることはありますが、ミナさん本人と裏付けられた写真は出ていない、と受け止めておくのが無難です。川上さん本人の近況であれば、公式X(@kenshink2k2k2)やYouTubeチャンネルで追うことができます。
「川上憲伸 嫁 サントリー」「嫁 CM」と検索される理由
先に結論を書くと、奥様がサントリーの社員だという報道や公式情報はありません。サントリーと縁があるのは、川上さん本人のほうです。
2023年、サントリーウエルネスのCMに本人が登場
2023年9月、サントリーウエルネスが企業CM2本の放送を始めました。京都府精華町のサントリー生命科学研究所で働く研究員を追った内容で、ナレーションは伊藤沙莉さん。登場するのは俳優ではなく、実際に研究所で働く研究員たちです。このCMに、川上さんがほんの一瞬だけ映っています。
AdverTimes(アドタイ)の記事によると、放送後のSNSでは川上さんの登場に反応する声があり、記事末尾のスタッフリストにも出演者として名前が載っています。登場が一瞬だったこともあり、本人のCM出演が奥様の話題と混ざって検索されるようになったとみられます。社員が出演する企業CMだったことも、「サントリーの社員」という連想につながったのかもしれません。ただし、奥様がCMに出たという事実は見当たりません。
サントリードリームマッチにも出場
もう一つの接点が、サントリーが1995年から毎年開いているOB戦「サントリードリームマッチ」です。川上さんは現役引退を表明した2017年の8月7日、東京ドームでの大会に初出場しました。
BASEBALL KINGの試合レポートでは、ザ・プレミアム・モルツ球団の投手として登録され、初回は元中日の谷繁元信さんとバッテリーを組み、かつての同僚・立浪和義さんに二塁打を許す場面もあったと伝えています。CMもOB戦も、サントリーとの関わりはあくまで川上さんの仕事です。
先に結論を書くと、奥様がサントリーの社員だという報道や公式情報はありません。サントリーと縁があるのは、川上さん本人のほうです。
2023年、サントリーウエルネスのCMに本人が登場
2023年9月、サントリーウエルネスが企業CM2本の放送を始めました。京都府精華町のサントリー生命科学研究所で働く研究員を追った内容で、ナレーションは伊藤沙莉さん。登場するのは俳優ではなく、実際に研究所で働く研究員たちです。このCMに、川上さんがほんの一瞬だけ映っています。
AdverTimes(アドタイ)の記事によると、放送後のSNSでは川上さんの登場に反応する声があり、記事末尾のスタッフリストにも出演者として名前が載っています。登場が一瞬だったこともあり、本人のCM出演が奥様の話題と混ざって検索されるようになったとみられます。社員が出演する企業CMだったことも、「サントリーの社員」という連想につながったのかもしれません。ただし、奥様がCMに出たという事実は見当たりません。
サントリードリームマッチにも出場
もう一つの接点が、サントリーが1995年から毎年開いているOB戦「サントリードリームマッチ」です。川上さんは現役引退を表明した2017年の8月7日、東京ドームでの大会に初出場しました。
BASEBALL KINGの試合レポートでは、ザ・プレミアム・モルツ球団の投手として登録され、初回は元中日の谷繁元信さんとバッテリーを組み、かつての同僚・立浪和義さんに二塁打を許す場面もあったと伝えています。CMもOB戦も、サントリーとの関わりはあくまで川上さんの仕事です。
川上憲伸に子供はいる?息子・娘の情報

子供の有無は公表されていない
結婚から15年近くたちますが、子供の誕生を本人や球団が発表したことはありません。息子についても娘についても、存在を伝える報道は見当たりませんでした。ネット上で語られる子供の人数や性別などの話にも、出典が示されたものはありません。
一方で「子供はいない」と言い切れる材料もありません。現時点では「公表されていない」が正確な答えです。
「息子が駅伝選手」説は海老澤憲伸選手との混同
「息子 駅伝」で名前が挙がるのは、順天堂大学出身のランナー、海老澤憲伸(えびさわ・けんしん)選手です。ロジスティード陸上部の選手紹介には、2002年6月11日生まれ、栃木県出身で、那須拓陽高から順天堂大に進んだと書かれています。
| 比較 | 川上憲伸さん | 海老澤憲伸選手 |
|---|---|---|
| 読み | かわかみ けんしん | えびさわ けんしん |
| 生まれ | 1975年・徳島県 | 2002年・栃木県 |
| 競技 | 野球(投手) | 陸上長距離 |
名字も出身地も違い、生まれたのは川上さんの結婚より9年以上前です。共通点は「憲伸」という珍しい名前だけで、親子関係を示す情報はありません。海老澤選手は現在、実業団のロジスティード陸上部に所属しています。プロフィールによれば、長距離を始めたきっかけは野球の体力づくりで、最も印象に残るレースには2024年の箱根駅伝予選会を挙げています。
「息子が野球選手」説の正体はおいの川上洸晶投手
野球をしている「川上家の若者」は実在します。ただし息子ではなく、おいです。
岐阜・帝京大可児高の川上洸晶(かわかみ・こうせい)投手は2007年4月生まれ。父の光洋さんが川上さんの兄にあたります。2024年秋の岐阜県大会では2年生ながら、叔父の現役時代と同じ背番号11を付け、2試合続けて無失点に抑えています。
西スポWEB OTTO!の記事によると、小学校では内野手、中学では捕手で、投手に転向したのは高校から。2024年秋の時点で、最速134キロの直球と3種類の変化球を投げていました。
叔父を「憲ちゃん」と呼んで慕い、「憲伸のおい」と見られる重圧についても「人にはないものなので、うれしい」と話しています。監督と川上さんに交流があり、月に1度ほどグラウンドへ指導に来るそうです。
「憲伸のおい」として報じられる選手がいることが、息子説の出どころの一つと考えられます。
「息子が野球選手」説の正体はおいの川上洸晶投手
野球をしている「川上家の若者」は実在します。ただし息子ではなく、おいです。
岐阜・帝京大可児高の川上洸晶(かわかみ・こうせい)投手は2007年4月生まれ。父の光洋さんが川上さんの兄にあたります。2024年秋の岐阜県大会では2年生ながら、叔父の現役時代と同じ背番号11を付け、2試合続けて無失点に抑えています。
西スポWEB OTTO!の記事によると、小学校では内野手、中学では捕手で、投手に転向したのは高校から。2024年秋の時点で、最速134キロの直球と3種類の変化球を投げていました。叔父を「憲ちゃん」と呼んで慕い、「憲伸のおい」と見られる重圧についても「人にはないものなので、うれしい」と話しています。監督と川上さんに交流があり、月に1度ほどグラウンドへ指導に来るそうです。
「憲伸のおい」として報じられる選手がいることが、息子説の出どころの一つと考えられます。
川上憲伸の家族構成・実家・兄弟
実家は徳島県徳島市
川上さんは徳島市の出身で、国府小学校、国府中学校を経て徳島商業高に進みました。
野球を始めたのは小学6年生のとき。中学ではショートを守っていて、たまたま試合を見ていた徳島商の野球部長に強肩を見込まれ、スカウトされています。3年夏の1993年には4番・エースとして甲子園に出場し、ベスト8まで勝ち進んでいます。2回戦の久慈商戦では最大7点差を追いついてサヨナラ勝ち。
本人はのちに、この試合で投げることへの怖さ(イップス)を乗り越えたと語っています。その後は明治大学で主将を務め、慶應義塾大の高橋由伸さんとはライバルとして投げ合いました。
地元とのつながりでは、2016年オフに徳島県を本拠地とする独立リーグ球団・徳島インディゴソックスから選手兼任コーチの打診を受けたこともありました(入団には至っていません)。一方で、実家の所在地や両親の現在について、本人も報道も詳しくは触れていません。
兄・光洋さんがいる
報道で名前が確認できる兄弟は、兄の光洋さんです。先ほどの洸晶投手の父にあたります。兄弟が何人いるのか、両親がどんな人なのかといった情報は公表されていません。
| 続柄 | 名前 | 確認できる情報 |
|---|---|---|
| 妻 | ミナ・パターソンさん | 2011年末に入籍(2012年2月に報道) |
| 子供 | ― | 公表なし |
| 兄 | 光洋さん | 洸晶投手の父 |
| おい | 川上洸晶さん | 帝京大可児高の投手(2024年秋時点で2年生) |
よくある質問FAQ
まとめ;川上憲伸の嫁はミナ・パターソン?サントリーCMの噂、子供・息子と娘の真相と家族・実家
| 噂・疑問 | 確認できた事実 |
|---|---|
| 嫁はミナ・パターソン? | 2012年2月の報道で実名が出ている |
| 嫁はサントリー社員? | 根拠なし。CMやOB戦に出たのは本人 |
| 嫁の画像はある? | 公開された写真はない |
| 子供・娘はいる? | 公表されていない |
| 息子は駅伝選手? | 同じ名前の海老澤憲伸選手との混同 |
| 息子は野球選手? | 野球をしているのはおいの川上洸晶投手 |
奥様や家族について、川上さん本人が語った言葉はほとんど残っていません。新しい話が出てきたときは、本人の発信や新聞・スポーツ紙の報道で確かめるのが確実です。
関連するOB引退選手の家族記事もまとめて見たい方は、OB引退選手野球選手の妻・結婚・子供まとめもあわせてご覧ください。結婚済みの選手と、結婚の有無や彼女の話題が気になる選手を分けてたどれます。

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リンクを貼らなかった参考資料
- スポーツ報知「憲伸、結婚!お相手は父が米国人の29歳一般女性…中日」(2012年2月8日):元記事は削除済み。Wikipediaの出典欄にWeb Archive版(web.archive.org/web/20120214193257/http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20120208-OHT1T00002.htm)がありますが、こちらの環境からは開けず中身を直接確認できませんでした。ブラウザで開けることを確かめられれば、結婚時期の段落に追加すると信頼性が上がります。
- 中日スポーツ(chunichi.co.jp/article/958778):洸晶投手の生年月日(2007年4月12日)の出典。自動取得が拒否されたため検索結果の記載で確認し、リンクは見送りました。
- 文春オンラインのインタビュー(2020年5月25日):英語の話とYouTube開設時期の出典。リンク上限5本のため、本文では媒体名のみ記載しています。
- Wikipedia「川上憲伸」:経歴、ブレーブス時代、学歴、引退日の補助資料。リンクを貼らなかった参考資料

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