埼玉西武ライオンズの守護神として長年マウンドを締め、2024年に現役引退を発表した増田達至(ますだ たつし)投手。
2024年9月28日の引退セレモニーでは、花束を抱えた子どもたちがマウンドへ駆け寄り、長男の手紙が場内を静かに揺らしました。 ネット上では「嫁は誰」「結婚はいつ」「子供は何人」といった情報が、古いまま残りがちです。
実は手がかりはシンプルで、2012年の入団会見(婚約者同席)と、2024年の引退セレモニー(家族が登場)という“公の場の2点”に集約できます。ここを押さえて日付と場面をそろえると、同姓同名の混同や「子供は何人?」のズレも自然に解けます。
本記事では、公式発表と当時の報道記事、そして引退セレモニーで見せた家族の姿に基づき、日付と場面を揃えて情報を整理します。
増田達至の嫁(妻)は麻友?結婚は2012年12月25日
結論から言うと、増田選手の妻は一般女性の麻友(まゆ)さんです。 結婚(婚姻届の提出)は、プロ入り直前の2012年12月25日に行われています。ここは日付で固定できます。
妻は「麻友さん」|入団会見での紹介と一言
2012年12月に行われた西武ライオンズの新人入団発表会において、増田選手は婚約者(当時)を伴って出席しました。
当時の報道では「高木麻友さん」と紹介されており、麻友さんは増田選手について「料理とか体調面で支えていければ」とコメント。増田選手も「財布のひもを握ってもらった方が助かる」と全幅の信頼を寄せていました。
この時点で“奥さんの情報が薄いからこそ検索が残る”というより、「最初に表に出た場面がはっきりある」のがポイントです。ここが曖昧だと、あとで同姓同名の混線が起きます。
結婚はいつ?初勝利で見えた「夫婦の距離感」
入団会見時は婚約中でしたが、その後、クリスマスである2012年12月25日に婚姻届を提出し、晴れて夫婦となっています。
夫婦の輪郭がより鮮明になったのが、2013年のプロ初勝利です。
当時の報道では、増田投手がウイニングボールを妻へ渡し、「ありがとう」とメールしたいと話したことが伝えられています。 結果だけでなく、しんどい時期を支えた相手として“妻”が登場する、短いながらも印象的なエピソードです。
増田達至の子供は何人?2024年の引退セレモニーで「4人」が確定
子供何人?

増田選手の子供の人数については、長らく「2人」という情報がネット上で定着していましたが、2024年の引退時点で4人のお子さんがいることが確定しています。
引退セレモニーでの花束と手紙
2024年9月28日に行われた引退セレモニーでは、マウンド上の増田選手に対し、4人の子どもたちが駆け寄り花束を贈呈しました。 また、長男からは「パパへ。12年間お疲れさまでした」「誰よりも格好いい」といった感動的な手紙が読み上げられ、家族の絆がファンの涙を誘いました。
この場面が強いのは、「4人の子どもたち」から花束が渡されたことが記事上でも明確に記録され、家族の“人数”まで確認できる珍しい瞬間になった点です。
ネットの「2人説」は、過去時点のまとめが更新されずに流通した“情報の時点差”として整理するのがいちばん読みやすいと思います。
増田投手自身もあいさつの中で、家族への感謝をまっすぐに述べ、妻に「笑顔で支えてくれてありがとう」と伝えています。
出典:増田達至 引退セレモニー全文(パ・リーグ.com) 出典:西武・増田 引退セレモニーで4人の子供から花束(スポニチ)
家族の出来事が行動に変わった:NICU支援(登板×2万円)
増田選手は現役時代、「増田達至 守護神プロジェクト」としてNICU(新生児集中治療室)への支援活動を熱心に行っていました。
支援の設計も分かりやすく、球団発表では「登板×2万円」を積み立て、シーズン後にNICU病棟のある医療機関(埼玉県立小児医療センター、大阪母子医療センター)へ寄付・寄贈する形が明記されています。
さらに本人の言葉として「NICUを卒業できた」という経験が語られていて、活動が“いい話”で終わらず、現場の実感として伝わるのがこの取り組みの強さです。

「僕の子どもたちはNICUを卒業できた」から始まった支援
この活動のきっかけは、増田選手自身の子供が出生時にNICUに入り、お世話になった経験にあります。
「僕の子どもたちは早産で生まれ、NICUに入りました…支えで卒業できた」と公表しており、だからこそ支援の言葉に重みが宿ります。
2019年には大阪母子医療センターを訪問し、NICUの新生児や家族、小児病棟の子どもたち約40人と交流。
子どもたちから「僕が勇気をもらいました」と話したエピソードも残っています。また、同年は自己最多タイの65試合に登板し、その実績に応じた額(130万円相当)を寄付したことで感謝状も贈られています。
出典:社会貢献活動実施のお知らせ(埼玉西武ライオンズ) 出典:西武増田投手が大阪母子医療センターを訪問(パ・リーグ.com)
「増田麻友」やアイドル誤認が出る理由(混線の線引き)
一部のネット情報で「妻は元SKE48」や「1998年生まれ」と書かれていることがありますが、これは同姓同名の別の方との混同です。
- 妻の麻友さん: 2012年の入団会見時に同席した一般女性。
- 元SKE48の方: 同姓同名の別人(年齢も異なる)。
混ざりやすい要因として、「増田麻友」という検索語で同姓同名の著名人が引っ張られやすい点が挙げられますが、2012年の入団会見の事実と照らし合わせれば、明らかに別人であることが分かります。
2024引退で“嫁”検索が再燃した理由
2024年9月17日、球団より増田選手の現役引退が発表されました。
その後、9月28日の引退試合およびセレモニーでご家族が公の場に登場したことで、「奥さんはどんな人だったか」「子供はどれくらい大きくなったか」を確認したいファンの検索需要が高まりました。
球団リリースには、増田投手が登場曲「ライオン」に触れているコメントも載っています。成績だけではなく“記憶の音”や“家族の姿”で振り返られるのも、名選手の証と言えるでしょう。
まとめ(増田達至 嫁・結婚・子供)
増田達至選手の家族情報は、ここだけ押さえれば迷いません。
- 妻(嫁): 麻友(まゆ)さん。一般女性(2012年入団会見に同席)。
- 結婚時期: 2012年12月25日に婚姻届提出。
- 子供: 4人(2024年引退セレモニーで明確)。
- 家族のエピソード: 自身の子供がNICUにお世話になった経験から、長年にわたり病院への寄付活動を継続していた。
引退セレモニーで花束が渡され、長男の手紙が読まれた瞬間に、増田投手の12年は「194セーブ」という記録だけでなく、“家族の時間”としても締まりました。次はマウンドの外で、子どもたちを応援する番。本人の言葉が、そのまま温かい余韻となっています。
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