読売ジャイアンツで「若き大砲」として存在感を増す浅野翔吾選手。 でも、強さの芯を見たい人ほど気になるのが「父親はどんな人?」「金陵って何?」という部分です。
ドラフト抽選の日、校長室で中継を見守った父・幹司さんが漏らしたのは、喜びより先に出た“実感のない言葉”でした。 この距離感が、浅野翔吾の落ち着きや、折れない感じにそのままつながっている気がします。
ここでは、父親の職業と金陵の話題が残る理由、そして母・姉・弟まで、いま表に出ている範囲でまとめます。
浅野翔吾の父親は誰?職業と「金陵」との関係(まず分かる範囲)
- 父親:浅野 幹司(あさの かんじ)さん
- 野球歴:徳島商業高校で捕手としてプレー。原辰徳監督(当時)の大ファン。
- 息子との関係:小学生時代から指導者として深く関わり、不調時には真っ先に相談する相手。
- 職業:香川県の酒造メーカー「西野金陵」勤務(営業職)。
- 「金陵」:香川の老舗酒蔵(西野金陵)の銘柄として知られ、浅野本人の投稿でも話題に。
最終確認:2026/02/15(主要スポーツ紙/球団公式/本人SNS)
浅野翔吾の父親の職業は?「金陵」勤務説はどこまで言える

父・幹司さんの仕事は、報道で「香川県の酒造メーカーに勤める会社員」と語られることが多いですが、具体的には西野金陵株式会社に勤務されています。
1日署長の後金陵の郷に行ってきました!
— 浅野翔吾 (@asa_syo1124) January 11, 2025
日本酒も頂いたんですがとても飲みやすく美味しいのでみなさんもぜひ西野金陵さんの日本酒を飲んでみてください🍶 pic.twitter.com/MeTMlOKbNm
高校卒業後から同社一筋で働くベテラン社員で、地元のホテルや飲食店に地酒を卸す営業職を担当されているとのこと。「金陵」は創業1789年の老舗酒蔵であり、香川県民にとって非常に馴染み深い銘柄です。
このつながりが一気に注目されたのは、2025年1月の浅野翔吾本人のSNS投稿でした。 地元で一日警察署長を務めた後に同社の施設「金陵の郷」へ立ち寄り、日本酒を「飲みやすくて美味しい」と紹介。
これが父親の勤務先という背景と重なり、検索で「浅野翔吾 金陵」というワードが広がるきっかけとなりました。浅野翔吾 X(2025/01/11)
父・幹司さんは元高校球児|徳島商の経験と“原辰徳モデル”の指導
幹司さんは、ただの“野球好きなお父さん”ではありません。徳島商業高校で捕手としてプレーした元球児であり、浅野翔吾の技術的なルーツを作った人物です。
特筆すべきは、幹司さんが原辰徳氏(元巨人監督)の熱狂的なファンであること。引退記念のVHSビデオまで所有するほどで、息子の打撃フォーム指導にもその影響が色濃く出ています。
甲子園の近江戦で、浅野翔吾が146キロをバックスクリーンへ運んだ一発。その原型となったのは、父が教えた「原辰徳モデル」でした。 具体的には「まずトップの位置を決める」ことや、「あごを肩に乗せるような構え」など、原氏の型を参考に設計図を渡しています。
才能に丸投げするのではなく、しっかりとした理論と型を授けている点に、親子二人三脚の歴史が見えます。日刊スポーツ(2022/08/18)
ドラフト当日、巨人の1位指名が決まった瞬間に父が漏らした「夢のよう」「信じられない」という言葉は、単なる息子の成功への喜びだけでなく、憧れの原監督率いるチームに息子が入るという巡り合わせへの感慨も含まれていたのでしょう。日刊スポーツ(2022/10/20)
なぜ地元に残った?高松商進学に効いた「地元の熱」と生活の拠点

浅野翔吾は中学時代から注目度が高く、進学先の選択肢は広かったはずです。
それでも高松商を選んだ背景は、言葉にするとシンプルで、**「地元の熱が届く場所で勝負する」**という発想です。 この“地元の熱”が伝わる場面が、香川での密着取材に出ています。
浅野が小3の頃から通う高松の中華料理店「支那そば えびす屋」には、柱に当時の身長の傷と「翔吾」の書き込みが残っていました。店主はメニューにない“メガ盛り唐揚げ定食(浅野スペシャル)”を作って応援してきた人で、浅野本人も当時を笑いながら振り返っています。スポニチ(2025/01/25)
こういう“帰れる場所”がある選手は、踏ん張りが利きます。高松商という選択は、野球環境だけでなく、生活の拠点ごと味方にする判断だったのかもしれません。
母の支え|食事とメンタル、母の日のLINE
父が技術と方向づけを担うなら、母・美枝さんは生活の土台です。
浅野翔吾の“体の作り方”は、派手な理論より先に、日々の食事で支えられてきました。 象徴的なのが球団公式で話題になったエピソード。子どもインタビュアーに「プロ野球選手になるには?」と聞かれた浅野は、「お母さんが作ったご飯をいっぱい食べて、体を大きくして」と答えています。読売ジャイアンツ公式
さらに2025年の“母の日”のエピソードは、母の精神的な支えを物語っています。
母の日の前日に今季1号を放ち、インタビューで「20年間ずっとお母さんにお世話になってる」と感謝。その裏には、前夜に母から届いたLINEのメッセージがありました。 「継続することが難しいから、しっかり頑張りな」 この言葉に励まされた浅野は、翌日の母の日当日も2試合連発を記録。母の言葉が、プロの世界で戦う息子の背中を押し続けています。スポニチ(2025/05/11)
兄弟は姉と弟|「兄」「双子」が混ざる点を分けて押さえる
浅野家は、父・母・姉・浅野翔吾・弟という5人家族です。
ネットでは「兄がいる?」「双子?」が混ざりやすいので、短く分けます。
姉について
姉は一般の方で、名前や職業などは表に出ていません。静かに弟を見守る存在です。
弟について
弟・太智さんは、兄と同じく高松商業高校の野球部でプレーしています(外野手)。 2025年のセンバツでは、アルプススタンドで兄の母校を応援する姿が報じられました。その顔立ちが兄・翔吾選手にそっくりで話題になりましたが、「兄の背中を追う」という言葉通り、ひたむきに野球に取り組んでいるようです。毎日新聞(2025/03/22)
「兄がいる?双子?」は誤解が混ざりやすい
混ざり方は主に2つです。
- 「浅野拓磨(サッカー)と似ている」→兄弟・双子説に飛ぶ
- 「弟がいる」→“兄もいるはず”と勘違いされる
浅野拓磨選手とは競技も家族も別で、血縁でつながる話ではありません。顔が似ている、という“見え方”が先に立って広がるタイプの噂です。
FAQ
まとめ
浅野翔吾の強さは、派手な才能だけで説明しきれません。 父・幹司さんが渡した“原辰徳モデルの設計図”と、少年期からの距離感。母のご飯と、「継続」を説く励ましのLINE。そこに姉と弟、そして地元の熱が重なって、浅野翔吾の芯が作られてきました。
「金陵」の話題が残るのも、単なる勤務先というだけでなく、家族と地元企業との長い縁、そして本人の地元愛がつながっているからこそでしょう。 家族と香川を背負って東京ドームでフルスイングする姿が、これからも楽しみです。
出典メモ
- 日刊スポーツ(2022/08/18、2022/10/20)
- スポニチ(2025/01/25、2025/05/10、2025/05/11)
- 毎日新聞(2025/03/22)
- 読売ジャイアンツ公式(2024/08/26)
- 浅野翔吾 SNS投稿(2025/01)

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