山本昌さんの嫁(妻)は、2013年に再婚した16歳年下の美智子さんです。1989年に結婚した前妻とは2011年に離婚しており、子供は前妻との間に娘(長女)と息子(長男)、再婚後にもう1人の計3人。娘は2020年1月、マラソンの瀬古利彦さんの次男と結婚しました。
この記事では、スポーツ紙の報道や球団の発表、本人と家族の発言など、確認できる情報だけを使って山本昌さんの嫁・前妻・子供・実家をまとめています。ネット上で広まっている話については、どこまでが報道された事実で、どこからが推測なのかを分けて書きました。
山本昌の嫁は16歳年下の美智子さん【2013年に再婚】

山本昌さんが再婚したのは2013年12月です。相手は愛知県出身の美智子さんで、当時32歳。48歳だった山本昌さんとは16歳差でした。
再婚が明らかになったきっかけは、名球会のハワイ旅行に合わせて現地で挙式したことをスポーツ各紙が報じたことです。それまで離婚そのものが公になっていなかったため、「山本昌が再婚」というニュースで初めて離婚を知ったファンも多かったはずです。中日一筋で30年近く投げてきた選手の私生活が、ここで一気に表に出た格好でした。
再婚相手・美智子さんはどんな人?出会いは共通の知人の紹介
挙式を報じたデイリースポーツの記事(2013年12月19日)によると、美智子さんは愛知県出身で、当時の職業は家事手伝い。知り合ったのは挙式の1年ほど前で、共通の知人を通じて紹介され、家庭的な人柄にひかれたと山本昌さん本人が話しています。
一般の方なので、顔写真や旧姓、経歴は公表されていません。ネット上には「出会いの時期が離婚と近すぎる」「現地妻だったのでは」といった書き込みも見かけますが、報道されている出会いは2012年ごろで、離婚成立(2011年)より後の話です。時系列を追う限り、不倫を疑う根拠はどこにもありません。
ハワイ・ホノルルで挙式、2014年春に入籍
挙式は2013年12月17日(日本時間18日)、ハワイ州ホノルルで行われました。名球会の行事でハワイを訪れたタイミングに合わせたもので、新婚旅行も兼ねています。2人はすでに名古屋市内のマンションで一緒に暮らしており、婚姻届は翌2014年春に提出する予定だと報じられました。あわせて、プロ31年目となる翌シーズンも最年長記録を塗り替えていく決意だと伝えられました。
当時の山本昌さんは現役最年長の48歳。翌2014年9月5日には、浜崎真二さんの記録を64年ぶりに塗り替えるNPB最年長勝利(49歳25日)を挙げています。再婚後に打ち立てた記録です。
引退登板で花束を渡した美智子夫人
美智子夫人の姿が広く知られたのは、2015年10月7日の引退登板です。マツダスタジアムでの広島戦に50歳1か月で先発し、先頭打者の丸佳浩選手を二塁ゴロに打ち取って現役最後のマウンドを降りました。その直後、グラウンドで花束を手渡したのが美智子夫人で、この場面はスポニチなどが写真付きで伝えています。
引退会見でも家族の話はほとんど出ていません。山本昌さんが私生活を自分から語ることは少なく、解説者になった今もそれは同じです。
山本昌の前妻は有美子さん?1989年に結婚、2011年に離婚

1989年に結婚した前妻、名前が報道で確認できる範囲
山本昌さんが最初に結婚したのは1989年、プロ6年目で24歳になる年です。この年の5月27日に巨人戦で完封してシーズン初勝利を挙げ、本人が「最も思い出深い1勝」に挙げる試合がありました。先発投手として定着し始めた時期の結婚でした。結婚後、車を必要とした妻のために日産シルビアを買ったのが、のちに知られる高級車好きの始まりだったと、本人が著書で振り返っています。
ネット上では前妻の名前を「有美子さん」と紹介する記事が多く、検索の候補にも「山本 有美子」と出てくるほどです。しかし、再婚を報じた2013年のスポーツ各紙は「前妻」とだけ書いており、名前を明記した一次報道はこの記事を書く時点で確認できませんでした。結婚当時の紙面に由来する可能性はありますが、ここでは「ネット上で広まっている名前」という扱いにとどめます。
離婚の理由は公表されていない
離婚が成立したのは2011年です。2013年の再婚報道で「2年前に前妻との離婚が成立」と伝えられたのが、公になった最初の情報でした。
離婚の理由について、山本昌さんは引退後の著書やインタビューでも語っていません。「長年の別居が原因」「子供の教育方針の違い」「不倫があった」と理由を言い切るブログ記事は多いものの、いずれも出典がない話です。週刊誌報道では球団広報が離婚と再婚の事実関係を認めたとされていますが、理由にまで踏み込んだ公式のコメントは出ていません。
22年連れ添った末の離婚ですから、本人にしか分からない事情があったのでしょう。本人が語っていない以上、この記事でも理由には触れません。
離婚を明かさなかった2年間に起きていたこと
再婚まで離婚を公表しなかった理由も、本人からの説明はありません。それでも時系列を並べると、その2年間が現役生活の正念場と重なっていたことは分かります。
離婚した2011年は、キャンプ中に右足首を痛めて一軍・二軍とも登板ゼロに終わり、オフには球団記録を超える60%減俸でサインした年でした。翌2012年は46歳で開幕ローテーションに入り、4月30日の横浜DeNA戦で杉下茂さんを抜く球団最多の通算212勝目を記録しています。私生活の節目と、現役続行をかけたシーズンが同時に進んでいたわけです。
山本昌の子供は何人?前妻との一男一女と再婚後の1人で計3人

子供3人の内訳を表で整理
山本昌さんの子供は3人です。前妻との間に長女と長男、美智子夫人との間に1人という構成になります。
| 続柄 | 母親 | 生まれ | 公表されている情報 |
|---|---|---|---|
| 長女 | 前妻 | 1990~91年(2020年1月時点で29歳) | 2020年1月に瀬古利彦さんの次男と結婚。報道では「裕里加(ゆりか)さん」 |
| 長男 | 前妻 | 非公表 | 名前・年齢・職業ともに非公表 |
| 第3子 | 美智子さん | 2016年3月出産予定と報道 | 性別・名前ともに非公表 |
3人とも一般の方で、顔写真が報道に出たことはありません。山本昌さん自身も、子供について具体的に語った場面はごくわずかです。
再婚後の子供:50歳で3人目の父に
引退から1か月ほど経った2015年11月、美智子夫人が妊娠していることが報じられました。出産予定は2016年3月。山本昌さんは50歳で、3人目の父親になりました。
その後、出産の正式な発表や、子供の性別・名前は公表されていません。報道どおりなら2026年には小学5年生になっている計算ですが、本人が家族を公の場で話すことはほとんどなく、近況は分からないままです。
ちなみに長女と第3子の年齢差は25歳ほど。長女の結婚(2020年)の時点で、下の子はまだ3歳でした。
山本昌の娘(長女)は2020年に瀬古利彦さんの次男と結婚

結婚相手は瀬古利彦さんの次男・亜士武さん、明治神宮で挙式
山本昌さんの娘(長女)は、2020年1月19日に明治神宮で結婚式を挙げました。相手は、ロサンゼルス五輪などに出場したマラソンの瀬古利彦さんの次男・亜士武(あとむ)さんで、当時30歳。長女は29歳で、中日スポーツ系のトーチュウが「瀬古さん次男とマサさん長女が結婚」と伝えた報道では「裕里加さん」と紹介されています。
一部報道では、2人は同じスポーツ用品メーカーに勤める社内結婚だったとされています。ただ、勤務先や現在の生活について本人や両家が公表したものはなく、分かっているのはここまでです。
瀬古利彦さんが「山本昌さんと親戚になりました」
この結婚が広く知られたのは、挙式翌日の1月20日。トークショーにゲスト出演した瀬古さんが「サウスポーの山本昌さんと親戚になりました」と明かしたことがきっかけでした。プロ生活32年という史上最長のキャリアを持つ左腕の娘と、日本マラソン史に残るランナーの息子の結婚ですから、SNSでも話題になりました。
瀬古さんは翌2021年、東京新聞のインタビューでも、次男が前年に山本昌さんの長女と結婚したことに触れています。瀬古家は男の子4人兄弟で、陸上の道に進んだのは三男だけ。次男の亜士武さんは競技者ではありません。
長女の名前・職業・孫の情報はどこまで公表されている?
娘について確認できるのは、報道で紹介された名前と、結婚の時期・相手だけです。顔写真は出ていませんし、学歴や経歴も公表されていません。
孫については注意が必要です。「山本昌は2015年の時点ですでに孫がいた」と書くサイトがありますが、長女の結婚が報じられたのは2020年1月で、それ以前に結婚や出産を伝えた報道は見当たりません。結婚後に子供が生まれたかどうかも公表されておらず、孫の有無は現時点で不明と考えるのが正確です。
山本昌の息子(長男)について分かっていること
長男については、名前・年齢・職業のいずれも公表されていません。野球をしていたという報道もなく、少なくともプロ野球や社会人野球の選手として名前が出たことはありません。
数少ないエピソードが、クワガタとカブトムシです。山本昌さんは現役時代、世界中の甲虫を集めて息子と一緒に飼育していたことを自著『133キロ怪速球』で明かしています。最盛期にはオオクワガタを50頭ほど飼い、幼虫が30グラムを超えたこともあったそうです。2024年2月のデイリースポーツのインタビューでは、幼虫だけで150匹の世話をしていたと振り返っています。
ただし飼育は2007年に一度やめています。この年は2勝10敗と現役で最も苦しんだシーズンで、甲虫をすべて友人に譲り、野球に集中する道を選びました。息子との共通の趣味は、成績不振をきっかけに区切りを迎えました。
山本昌の実家は神奈川県茅ヶ崎市|自宅は?

東京・大田区生まれ、茅ヶ崎で育った三兄弟
山本昌さんは1965年8月11日、東京都大田区で男3兄弟の次男として生まれました。生まれたときの体重は4,200グラム。1歳のころには大田区の自宅から転落して頭蓋骨を骨折し、医者から「今夜がヤマだ」と言われるほどの大けがをしています。
その後は横浜市を経て、小学6年のときに茅ヶ崎市へ移りました。茅ヶ崎市立松林小学校・松林中学校を卒業し、日大藤沢高校へ進学。小学3年で初めて入った野球チームは弱く、4年生で迎えた初試合は0対36の大敗だったと著書に書いています。中学では軟式野球部で2年からエースを任され、3年夏に神奈川県大会へ出場したことがスポーツ推薦での進学につながりました。高校では甲子園に届きませんでしたが、3年夏の神奈川大会で「県下ナンバーワン左腕」と評価され、1983年のドラフト5位で中日に指名されました。
実家の暮らしぶりについては、弟の秀明さんがタイムリー編集部のインタビューで率直に語っています。家は決して裕福ではなく、本人の言葉を借りれば「はっきりいってしまえば、貧乏」。家族で外食をした記憶は、社会人になるまで一度きりだったとか。夏になると自宅近くの赤羽根山へクワガタとカブトムシを採りに行くのが毎年の恒例で、ラジコンも中学生のころには家にありました。引退後の趣味として知られるものは、どれも茅ヶ崎の少年時代から続いているものです。両親からは「人に迷惑をかけないのなら、好きなことをやればいい」と言われて育ったと、山本昌さん自身も著書で書いています。
地元との縁は今も続いています。2008年に通算200勝を達成した際には茅ヶ崎市民栄誉賞を受け、翌2009年からは茅ヶ崎公園野球場で「山本昌広杯少年野球大会」が夏休みの時期に開かれるようになりました。
父・山本巧さんは1966年度NHKのど自慢の全国チャンピオン
父の山本巧(たくみ)さんは長野県出身で、若いころから歌手を志し、作曲家の船村徹さんに弟子入りしていた時期もある演歌歌手です。1966年度のNHKのど自慢で全国チャンピオンになりましたが、プロデビュー寸前の時期に昌さんが生まれたことから家庭を優先し、歌手としての本格的な活動は一度断念しました。後年の2009年にはシングルCDを発売しています。
弟の秀明さんによれば、父は細かいことを言わない破天荒な人で、スポーツ万能。ボウリングでパーフェクトゲームを出すほどの腕前だったといいます。熱心な中日ファンでもあり、山本昌さん自身、父とよくナイターを見ていたと名古屋市東区の広報インタビューで話しています。ドラフトで中日に指名されたとき、「おやじが喜ぶ」と入団を決めた理由のひとつが、この父の存在でした。
父の巧さんは2012年4月に亡くなっています。秀明さんが神奈川新聞の監督対談(2025年3月)で、葬儀の場での出会いを振り返る中で明かしたものです。
弟・山本秀明さんは日大藤沢高校野球部の監督
5歳下の弟・山本秀明さん(1970年4月11日生まれ)は、兄と同じ日大藤沢高校の出身で、ポジションは捕手。兄のことは今も「昌兄(まさにぃ)」と呼んでいます。社会人野球の三菱自動車川崎(のちの三菱ふそう川崎)でプレーし、日本選手権優勝も経験しています。1998年に現役を退いたあとは横浜隼人高校のコーチを務め、2004年から母校・日大藤沢の監督に就任しました。
監督としては2007年春のセンバツ出場、2019年夏の神奈川大会準優勝という実績があります。2025年の神奈川大会でも準々決勝まで勝ち上がり、神奈川新聞の対談企画にも「日大藤沢の山本秀明監督」として登場しています。
兄弟の関係は指導の現場でも続いています。山本昌さんは2017年12月に学生野球資格を回復し、2018年2月から日大藤沢の特別臨時コーチとして、弟が率いるチームの後輩たちを指導するようになりました。
兄弟の上には、秀明さんより8歳上の長男がいますが、野球関係の報道に出てきたことはなく、職業などは公表されていません。
現在の自宅は名古屋市
山本昌さんの自宅は名古屋にあります。弟の秀明さんは、兄が20年ほど前(2016年のインタビュー時点)に名古屋の一等地に念願のマイホームを建て、母親を連れて名古屋まで来てほしいと電話で家族を招いたときのことを語っています。本棚にそろえた漫画の大人買いに驚いた、という微笑ましい話です。
2013年の再婚報道でも「名古屋市内のマンションで共同生活」と伝えられ、講演会の講師プロフィールには「愛知県名古屋市在住」と明記されています。名古屋市東区の「安心・安全で快適なまちづくり大使」も務めており、引退後も生活の拠点は名古屋のままです。実家のある茅ヶ崎に戻った、という事実はありません。
山本昌のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 山本昌(本名・山本昌広。1996年に登録名を「山本昌」に変更) |
| 生年月日 | 1965年8月11日 |
| 出身 | 東京都大田区生まれ、神奈川県茅ヶ崎市育ち |
| 身長・体重 | 186cm・87kg(公称) |
| 投打 | 左投左打 |
| 経歴 | 日大藤沢高→中日ドラゴンズ(1984~2015年、32年間在籍) |
| 最終出場 | 2015年10月7日(公式戦)、2016年3月5日(引退試合) |
| 通算成績 | 581試合、219勝165敗5セーブ、防御率3.45 |
| 主なタイトル | 最多勝3回(1993・94・97年)、最優秀防御率、最多奪三振、沢村賞(1994年) |
| 主な最年長記録 | ノーヒットノーラン(41歳1か月・2006年)、200勝(42歳11か月・2008年)、勝利(49歳25日・2014年)、登板(50歳57日・2015年) |
| 野球殿堂 | 2022年(プレーヤー表彰) |
引退試合は2016年3月5日、ナゴヤドームでのヤクルトとのオープン戦です。前日に1日限定の選手契約を結び、登録上の背番号は「0」でしたが、試合には現役時代と同じ「34」で先発。元チームメイトの森岡良介選手を3球三振に仕留めて、本当の最後のマウンドを締めくくりました。古い記事で「最終出場2016年3月5日」と書かれているのは、この引退試合のことです。
山本昌の嫁・前妻・子供に関するよくある質問
まとめ:山本昌の嫁・美智子と前妻・有美子|再婚相手と子供何人?娘(長女)の結婚相手は瀬古の次男、息子と実家
いかがでしょうか。
【山本昌の嫁】国籍?娘の山本裕里加は結婚?前妻の山本有美子と離婚し再婚?瀬古?自宅名古屋?弟!についてお伝えします。
中日ドラゴンズも来年は監督が変わりそうで、筆頭は小笠原道大のようですね。その他にも、立浪やベンちゃんなど候補があがりますが、山本昌をおしたいですね。
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