今永昇太投手は、2026年10月時点で結婚を発表していません。嫁(妻)や子供はおらず、交際相手についても信頼できる報道は見当たりません。
今永昇太の検索候補には「結婚相手 写真」や「彼女」が並びますが、根拠のある話はごくわずかです。対照的に、家族については本人のコラムや両親のインタビューがいくつも残っています。
父は元中学校長、母は中学校の音楽教師、兄は小学校の先生。今永投手は、そんな教員一家の末っ子として北九州市で育ちました。2022年に亡くなった父親の死因は、遺族の意向で公表されていません。
ここでは結婚・彼女・子供の有無を先に整理し、そのあと父親の死因、母親、兄弟、実家の順に、公表された情報だけでまとめていきます。内容は2026年10月13日時点で確認できたものです。
今永昇太は結婚してる?嫁妻はいるの?結婚相手写真や子供はいる

答えは「独身」です。2016年にDeNAでプロ生活を始めてから、カブスに在籍する現在まで、本人や球団が結婚を発表したことはありません。
今永昇太は結婚してる?2026年10月時点の答え
答えは「独身」です。2016年にDeNAでプロ生活を始めてから、カブスに在籍する現在まで、本人や球団が結婚を発表したことはありません。
嫁(妻)はいる?10年間、結婚発表はゼロ
選手の結婚は、大谷翔平選手が2024年2月にSNSで報告したように、本人や球団の発表で伝わるのが通例です。今永投手には、この種のニュースがプロ入り以来一度も出ていません。本人が会見や取材で結婚について具体的に語った発言も、確認できる範囲では見当たりませんでした。
2024年5月に週刊現代が両親の知人へ取材した記事でも、今永投手は「独り身」と語られていました。その知人は米国での食生活を案じていたものの、母の京子さんによれば向こうのほうが合っているようで、体重は90キロまで増えたといいます。
関連ワードに「離婚」が出てくることもあります。しかし結婚した事実がないので、離婚の事実もありません。
結婚相手の写真は出回っている?
結婚相手がいないので、「今永昇太の嫁」として確認された写真も存在しません。
まとめサイトやSNSでは、女性タレントとの交際をにおわせる画像や噂が流れることがあります。ただ、いずれも本人や球団、主要メディアが認めたものではありません。無関係の人物の写真が結びつけられているケースもありうるので、見かけても拡散は控えたほうがよいでしょう。
子供はいる?
子供もいません。MLBには出産に立ち会う選手のための「父親リスト」という制度がありますが、今永投手がこれを使ったという報道もありません。これまで報道に登場した家族は、両親と兄、姉の4人だけです。
今永昇太に彼女はいる?報じられた結婚願望

熱愛報道は見つからない
新聞社や大手週刊誌が今永投手の交際を報じた例は、2026年10月時点で見当たりません。ネット上で名前の挙がる女性はいますが、裏付けのない話なので、ここでは取り上げません。
2025年6月「女性アスリートを紹介して」報道の中身
まとまった話として出てきたのは、2025年6月6日配信の女性自身の記事くらいです。
記事によると、2024年の大谷選手、2025年の佐々木朗希投手と日本人メジャーリーガーの結婚が続き、今永投手も結婚を意識するようになったといいます。頼りにしているのが当時の同僚・鈴木誠也選手で、女性アスリートを紹介してほしいとお願いしているそうです。鈴木選手の妻は元新体操日本代表の畠山愛理さん。アスリートの知人が多いことが理由とされています。
相手にアスリートを望む理由として、記事は食事や体調管理、メンタルケアへの理解を挙げました。元バスケットボール選手の真美子さんと結婚した大谷選手を、私生活の面でも参考にしているという書き方です。
ただし、話の出どころは匿名のスポーツ紙記者で、本人のコメントは一つも載っていません。その後、交際や婚約を伝える続報もありません。今の段階では「結婚願望があると報じられた」以上のことは言えない、というのが正確なところです。
今永昇太の家族構成|両親とも教師の5人家族

今永投手は、父・母・兄・姉の5人家族の末っ子です。本人のコラムでは、兄が5歳上、姉が4歳上と書かれています。
| 続柄 | 名前 | 主な経歴・人物像 |
|---|---|---|
| 父 | 孝司さん | 中学校の保健体育教師で、45歳から校長。2022年6月に71歳で死去 |
| 母 | 京子さん | 中学校の音楽教師。大分県内の芸術大学で声楽を学んだ |
| 兄 | 公表なし | 5歳上。小学校教師。教員選抜でソフトボール全国大会に出場 |
| 姉 | 公表なし | 4歳上。2015年時点で熊本県内の三菱電機系企業に勤務 |
| 本人 | 昇太 | 1993年9月1日生まれ。シカゴ・カブスの投手 |
両親と兄の3人が教壇に立った経験を持つ、筋金入りの教員一家です。週刊現代は、こうした家庭で礼儀の行き届いた青年に育ったと書き、DeNA担当記者の話として、一つ聞けば十にして返す理路整然とした受け答えを紹介しています。
公表されているのは、両親の名前と職業、兄と姉の年齢差と仕事までです。兄と姉の名前や顔写真、現在の住まい、実家の番地は明かされていません。
検索では「母子家庭」という言葉が一緒に出ることもあります。父親は2022年に亡くなりましたが、今永投手が育ったのは両親のそろった家庭です。
今永昇太の父親・孝司さんの死因は?

父・孝司さんの死因は公表されていません。遺族の意向で、球団も詳細の発表を控えています。
2022年6月20日、DeNAが発表
DeNAは2022年6月20日、孝司さんが71歳で亡くなったと発表しました。この時点で今永投手は6試合に登板し、3勝1敗、防御率2.36でした。デイリースポーツの訃報記事によれば、詳細は遺族の意向で伏せられ、葬儀は故人の遺志で家族葬として済まされていました。
その2週間ほど前の6月7日、今永投手は札幌ドームの日本ハム戦でノーヒットノーランを達成したばかりでした。訃報の翌日、三浦大輔監督は、本人と話したうえで予定どおり中6日で広島戦に先発させると説明しています。今永投手はこの年、8月に月間MVPを受賞し、最終的に11勝4敗で3年ぶりに規定投球回にも到達しました。
事故説や病気説に根拠はない
死因が伏せられていることもあり、ネット上には事故や病気を推測する書き込みが見られます。どれも裏付けはありません。後で触れる大型バイクの趣味から事故を連想する声もありますが、そうした報道は一つもありません。
公表された範囲で最も具体的なのは、週刊現代が2024年5月に掲載した、両親と10年以上の付き合いがある元中日スカウトの証言です。孝司さんが倒れたのはノーヒットノーラン後の次の登板日で、自宅のテレビで息子がマウンドに向かう姿を見届けた直後だったといいます。ここでも死因には触れられていません。その先は、家族が明かしていない部分です。
58歳で大型二輪免許。ハーレーで通勤した元校長
孝司さんは地元の福岡県立八幡南高校から広島大学へ進み、公立中学の保健体育教師になりました。45歳で校長に就き、定年までの15年間、北九州市内の学校を異動しながら務めています。部活ではバスケットボール部の顧問を長く務めました。
意外なのは趣味です。日刊ゲンダイの両親インタビューによると、58歳のとき飲み友達に誘われて教習所へ通い、中型を飛ばしていきなり大型二輪の免許を2カ月で取りました。手に入れたのは中古で300万円、重さ400キロを超える1600ccのハーレーダビッドソン。ツーリングに出かけるわけではなく、近所をひとりで走る程度。雨の日以外はほぼ毎日、これで通勤していたそうです。大きなバイクは怖いから緊張する、「要するにボケ防止ですよ」と笑って話していました。
定年後も北九州市教育委員会の嘱託職員として、警察OBや校長OBでつくる少年サポートチームに加わり、小中学校で授業や生活指導の手伝いを続けていました。息子が駒澤大の3年秋を迎えたころからは、福岡から神宮球場まで試合を見に通うようになりました。スカウトに息子はプロから指名されると言われても半信半疑で、親ばかなところのない人だったと伝えられています。
そのスカウトが、先に触れた元中日の早川実さんです。孝司さんとは福岡の飲食店で知り合い、長く付き合いを続けていました。今永投手のDeNA3年目ごろにその店を中心に後援会ができると、事情を知らない客に向かって、息子をよろしくと頭を下げていたそうです。
今永昇太の母親・京子さんは中学校の音楽教師

母・京子さんも中学校の教員として働いてきました。大分県内の芸術大学で声楽を学び、担当は音楽です。学生時代はバレーボールに打ち込み、孝司さんは子どもたちの運動神経は妻譲りだろうと話しています。
12年間無欠席、泣かない子だった少年時代
ドラフト指名直後の取材で、京子さんは息子を手のかからない子だったと振り返りました。小学校から高校までの12年間、1日も学校を休んでいません。小学1年の予防接種では周りの子が泣きじゃくるなか、唇をかんで我慢していたそうです。兄弟げんかでべそをかくことはあっても、涙は見せない子でした。
母が息子の涙を見たのは一度きり。高校3年夏の福岡大会2回戦で、自分の打点でチームが勝ったときだけでした。
登板後に母が気にするのはケガだけ
息子がプロになっても、京子さんが気にかけるのは勝ち負けより体のことです。2025年5月、左太もも裏の肉離れで離脱中だった今永投手は、MLB.com日本語版の取材に「ケガをしないように、といつもそれだけを言われます」と答えています。このときも、心配しているであろう母に大丈夫だと伝えて安心させたそうです。早川さんも週刊現代に、京子さんが登板後の電話でかける言葉は決まってケガの心配だと話しています。息子が投げる日はチームがよく打ってくれると、同僚への感謝まで口にしていたとか。
MLB.comの記事では、母への感謝も語っています。子どものころは時間どおりに帰宅しないやんちゃな子で、仕事を続けながら3人を育ててくれた母のすごさが、今になってわかると振り返りました。
母の日に何か贈ろうとしても、要らないと断られるのだとか。そのためオフに帰省すると外出を控え、一緒に食事をしたり、犬の散歩に出たりして過ごしています。親孝行のつもりで食器洗いを買って出たら犬の皿まで洗ってしまい、もうやらなくていいと言われた、という微笑ましい話も明かしていました。
メジャー初登板をリグレー・フィールドで見届けた
駒澤大時代、京子さんは息子が投げる試合なら必ずと言っていいほど神宮へ応援に来ていました。2024年4月1日のメジャー初登板にも、親類と一緒にシカゴまで駆けつけました。息子はこの試合で6回を無失点、9奪三振に抑え、初勝利を挙げています。
週刊現代の記事によると、帰国後は米国の球場の雰囲気を楽しんだと話しつつ、何より勝ててよかったと喜んでいたとのこと。夫が生きていれば喜んだだろう、という思いも口にしていたと伝えられています。もっとも、その後は頻繁に渡米できているわけではないようで、2025年のMLB.com日本語版の記事は、なかなか観戦に来られない母と書いています。
今永昇太の兄弟|5歳上の兄と4歳上の姉
兄は小学校教師。ソフトボールを始めたきっかけ
今永投手の野球人生は、兄の存在から始まっています。週刊ベースボールONLINEの本人コラムによると、入り口はソフトボールでした。
当時小学5年生の兄は、地元の永犬丸西ソフトボールクラブに所属。母が練習の手伝いに出かけると家に誰もいなくなるため、幼い今永投手もグラウンドへ連れて行かれていました。せっかく来ているならと、年長のうちから特別に練習へ参加。ソフトボールが盛んな地域で、軟式野球のチームがあることすら知らなかったと本人は書いています。入ったばかりの子は九番・ライトから始めるのが通例でしたが、当時の監督は柔軟な考えの持ち主で、左投げの今永投手に投手や捕手、遊撃手まで経験させてくれたそうです。
兄は高校まで野球を続け、のちに小学校の教師になりました。父の孝司さんは、センスは昇太より兄のほうが上だったかもしれないと話し、北九州市の教員選抜チームでソフトボールの全国大会に出たことも明かしています。
姉は熊本県内の企業に勤務(2015年時点)
姉についての情報は多くありません。2015年の日刊ゲンダイの記事で、熊本県内の三菱電機系企業に勤めていると紹介されている程度です。名前や顔写真は公表されておらず、現在の勤務先もわかっていません。一部のサイトでシステムエンジニアと紹介されていますが、職種まで明記した報道は確認できませんでした。
ひとつ補足すると、姉との年齢差は資料によってずれがあります。この記事では、本人がコラムに書いた「4つ上」を採用しました。
今永昇太の実家は北九州市八幡西区

今永投手は福岡県北九州市八幡西区の出身です。実家も北九州市内にあり、学生時代は地元の公立校で過ごしました。
地元の公立校で育った学生時代
永犬丸西小でソフトボールを続け、永犬丸中では軟式野球部に入りました。高校は自宅から近い県立北筑高校です。下校時刻の関係で平日の練習は2時間半ほどに限られていましたが、3年春の県大会で14三振を奪い、プロのスカウトの目に留まっています。
3年夏は福岡大会4回戦で小倉高に1-2で敗れ、甲子園には届きませんでした。卒業前に中日から下位での指名を打診されたものの、選んだのは駒澤大への進学です。大学3年秋には東都リーグでMVP、最優秀投手、ベストナインの3冠に輝き、2015年のドラフトでDeNAから1位指名を受けました。プロ入り後のグラブには、北筑高時代の監督の言葉「逆境こそ覚醒のとき」を入れていたことでも知られています。
1998年に建てた4LDKの一軒家

2015年の取材時点で、実家は北九州市内にある4LDKの一軒家でした。1998年に建てた家で、兄と姉はすでに独立し、両親と柴犬2匹が暮らしていたといいます。
父が亡くなった後の様子を詳しく伝えた報道はありません。ただ、2025年の本人の話から、帰省先の実家で母が犬を飼い続けていることはわかります。番地などの所在地や外観は公表されていないので、場所を探るような行為は避けたいところです。
瀬板の森公園のマンホールと地元の応援
地元とのつながりは今も濃いままです。DeNA在籍中の2018年には、現役のプロ野球選手として初めて北九州市のスポーツ大使に委嘱されました。2024年1月にカブス入りが決まると、市役所本庁舎とJR小倉駅に祝福の幕が掲げられ、本庁舎には背番号「18」の窓文字が浮かびました。小倉城もカブスのチームカラーである青にライトアップされています。
2025年6月19日には、MLBの企画で今永投手のデザインマンホールが八幡西区の瀬板の森公園に設置されました。北九州市の公式ページによると、高校時代にランニングで足腰を鍛えた、ゆかりの公園です。マンホールにスマートフォンをかざすと、今永投手の歩みをたどるARムービーが見られます。設置期間は約1年の予定とされ、所属が変わった場合などは撤去の可能性もあるため、見に行く前に市の案内を確認しておくと確実です。す。
まとめ|今永昇太の結婚相手写真?嫁・彼女・子供と実家の家族構成|父親の死因・母親・兄弟も
今永昇太投手は現時点で結婚発表が確認できず、妻(結婚相手)がいると裏付けられる情報も見当たりません。
一方で「離婚理由」は私生活の話ではなく、捕手交代を“離婚”に例えた見出しが誤読されて広まったものです。
父の訃報は球団発表があり、詳細は踏み込まずに受け止めるのが自然でしょう。北九州の実家や「犬」の話題も、報道で触れられた範囲に限れば筋が通ります。
ヨシラバーとしては、騒がしい検索ワードよりも、結局はマウンドでの一球がいちばん雄弁だと感じます。
出典メモ:日刊スポーツ(独身貴族/父の訃報)、日刊ゲンダイ(父の人物像)、北九州市公式(スポーツ大使)、MLB.com(捕手交代/試合結果)、TBS NEWS DIG(犬発言)
このDeNAの現役選手も読まれています
リンクなしで参照した資料
- 現代ビジネス(週刊現代)2024年5月8日・父の記事、同・母の記事:独り身、父が倒れた状況、母の観戦
- 女性自身 2025年6月6日:結婚願望報道(匿名記者の証言のみ)
- 中日スポーツ、デイリースポーツ 2022年6月21日:訃報と三浦監督のコメント
- MLB.com日本語版 2026年2月12日、ベースボールチャンネル 2026年10月6日、同 2026年9月15日:QO受諾、2026年成績、FA見込み
- Wikipedia「今永昇太」:学歴、高校・大学の戦績、2022年成績、スポーツ大使
- 北九州市 2024年1月15日 報道発表:カブス入団祝福の横断幕、窓文字、小倉城ライトアップ
球団別に家族の記事を探す
DeNAの選手・OBの妻と家族一覧
あわせて読みたい選手・家族の記事
- 佐野恵太の結婚と家族
横浜・DeNAにゆかりのある選手・家族の関連記事です。 - 山本祐大の結婚と家族
横浜・DeNAにゆかりのある選手・家族の関連記事です。 - 山崎康晃の結婚と家族
横浜・DeNAにゆかりのある選手・家族の関連記事です。

コメント