ソフトボールの上野由岐子さん(44歳・ビックカメラ高崎)が結婚や出産を発表した記録は、2026年11月時点で確認できません。本人がインタビューで語ってきたのは、どんな人と、どんな形で結婚したいかという結婚観です。
この記事では、本人の発言と公式情報をもとに、理想の結婚相手、子供・指輪・彼女の噂、そして福岡の実家で暮らした父・母・妹の4人家族について整理します。
ソフトボールの上野由岐子は結婚してる?本人が語った理想の結婚相手

上野由岐子さんが結婚や入籍を発表した記録は、2026年11月2日時点で確認できません。本人が話してきたのは、結婚したい相手のイメージです。
理想は「自分を特別視しない人」 2019年暮れの「国際結婚」発言
2019年の暮れ、日刊スポーツの記者の取材に、上野さんは「国際結婚するのは夢なんです」と答えています。日本ではみんなが自分を「ソフトボールの上野由岐子」として見るため、自分も気を使ってしまう。自分を知らない外国の人なら、一人の人間として向き合えるのでは、という理由でした。
同じ取材では、目立たないように結婚し、家族だけで海外でひっそり式を挙げたいとも話しています。このやりとりは記者コラム「とっておきメモ」で紹介されたもので、結婚や挙式の発表ではありません。(日刊スポーツ「上野の夢は国際結婚」←既存記事のリンクを設定)
25歳、北京五輪の前に語った「結婚もしたい」
北京五輪を控えた25歳のころ、結婚について聞かれた上野さんの答えは「今はまだないですね」。目の前のオリンピックで手いっぱいだと話す一方、五輪のあとは結婚もしたいし、指導者のような経験や、OLのような普通の生活もしてみたいと語っていました。(日本オリンピアンズ協会の上野由岐子インタビュー(25歳当時))
44歳の今も現役 2026年はアジア大会7連覇
上野さんは44歳になった2026年もビックカメラ高崎でプレーしています。10月3日の愛知・名古屋アジア大会決勝で日本は中国を7-0で下し、7連覇。2002年釜山大会から7大会すべてに出場した上野さんは、決勝での登板こそなかったものの、1次リーグの台湾戦と中国戦で救援しました。
大会後には「4年後はもう投げていないかな」と話しつつ、2028年ロサンゼルス五輪を目指さないという意味ではないとも語っています。(44歳でアジア大会7連覇、上野由岐子のロス五輪への思い|スポルティーバ、アジア大会7連覇後の上野由岐子の発言|東スポWEB)
石島雄介さんが結婚相手という噂に根拠はない
インドアバレーで北京五輪、ビーチバレーで東京五輪に出場した石島雄介さんの名前が、上野さんの結婚相手として挙がることがあります。しかし、2人の交際や結婚を伝える報道、本人の発表は確認できません。上野さんが理想の相手を語った取材でも、特定の人物の名前は出ていません。(石島雄介のインドアとビーチ両五輪出場の経歴|Number Web)
上野由岐子の結婚と子供について本人が話したこと
上野さんに子供がいるという本人の発表や報道は、2026年11月時点で確認できません。
「子どもは嫌いではないけど…」と笑った2019年暮れ
結婚観を語った2019年暮れの日刊スポーツの取材で、上野さんは子供についても触れています。子どもは嫌いではないけれど、すぐ飽きてしまうので、と笑いながらの答えでした。自分に息子や娘がいると話した場面ではありません。
子供たちと写る写真は2026年1月のソフトボールフェスタ
上野さんが大勢の子供たちと写る近年の写真には、競技の普及イベントで撮影されたものがあります。2026年1月12日、群馬県高崎市の宇津木スタジアムで開かれた「UENO YUKIKO SOFTBALL FESTA 2026」には、群馬・栃木・茨城・埼玉の小学3~6年生131人が参加しました。
上野さんは始球式や遠投教室、質問コーナーで子供たちと過ごし、2028年ロサンゼルス五輪で子供たちが夢を持てる結果を残したいと話しています。(UENO YUKIKO SOFTBALL FESTA 2026の開催報告|JOC、上野由岐子が小学生に語ったロス五輪の目標|日本経済新聞)
上野由岐子の結婚指輪は?東京五輪で話題になった指輪の持ち主

上野さんが結婚指輪を披露した、あるいは指輪について語ったという本人発言は確認できません。上野さんの名前と一緒に語られる東京五輪の指輪は、当時の日本代表監督のものです。
左手中指の指輪は宇津木麗華監督のお守り
東京五輪で日本を金メダルに導いた宇津木麗華監督は、大会中、左手の中指に指輪を着けていました。贈ったのは女子プロゴルファーの岡本綾子さん。2021年の春、五輪のときのお守りにと渡されたもので、四角形の中央にダイヤがあり、周りは金だったといいます。
宇津木監督は福島での開幕戦から横浜での決勝まで全6試合、一度も外さなかったと、西日本スポーツのコラムで明かしています。米国との決勝終盤、ベンチで両手を組んで祈る監督の左手にあったのがこの指輪でした。(宇津木麗華監督が明かした左手の指輪の意味|西日本スポーツ)
上野由岐子に彼女はいる?ジェンダーについて公表されていること
上野さんが交際相手を公表したことはなく、女性の恋人がいるという本人の発言や報道も確認できません。
JOCの上野由岐子選手プロフィールでは、性別は「女性」と登録されています。本人が性自認や性的指向について語った発言は、今回確認したインタビューにはありません。
結婚について語った言葉も「自分を特別視しない人」「自分を知らない外国の人」という相手像です。そこから恋愛の対象まで読み取れる内容ではありません。
上野由岐子の実家は福岡市 ソフトボールと出会った子供時代

上野さんは1982年7月22日、福岡県福岡市生まれです。小学校から高校まで、地元・福岡でソフトボールを続けました。
父と毎朝走っていた小学3年生、少年チームの監督に誘われる
小学生のころはマラソン選手を目指し、父と毎朝ジョギングをしていました。その走る姿を少年ソフトボールチームの監督が見ていて、自分の車に乗っていた上野さんのクラスメートに「誘ってみろ」と声をかけたのが始まりです。こうして小学3年生で、地元の花畑ブルージェイズに入りました。(日本オリンピアンズ協会の上野由岐子インタビュー、上野由岐子の原点と少女時代|Olympics.com)
柏原中で全国制覇、九州女子高校から日本代表へ
福岡市立柏原中学校では、1997年夏の全国中学校大会で優勝しました。進学した九州女子高校(現・福岡大学附属若葉高校)では、2年生だった1999年に世界ジュニア選手権でエースとして優勝に貢献。2001年に卒業し、日立高崎(現・ビックカメラ高崎)に入りました。(上野由岐子の経歴プロフィール|集英社オンライン、全中優勝と上野家の子育て|週刊女性PRIME)
2021年12月、金メダルを手に母校へ凱旋
東京五輪後の2021年12月1日、上野さんは福岡大学附属若葉高校を訪れました。校門前では吹奏楽部の演奏と大勢の生徒が出迎えています。2024年1月には同窓会「若葉会」が福岡市で祝賀会を開き、約220人が集まりました。(上野由岐子選手が母校・若葉高校に凱旋|福岡大学、若葉会による上野由岐子選手の祝賀会|福岡大学)
上野由岐子の家族は4人 兄弟は2歳下の妹
上野家は父・母・由岐子さん・2歳下の妹の4人家族です。由岐子さんは長女で、きょうだいは妹が1人。兄や弟はいません。
| 続柄 | 名前 | 職業など(2020年の取材時) |
|---|---|---|
| 父 | 正通さん | 会社員 |
| 母 | 京都(みやこ)さん | 看護師 |
| 長女 | 由岐子さん | ソフトボール選手 |
| 次女 | 非公表 | 由岐子さんの2歳下 |
出典:上野由岐子の両親と家訓を伝えた週刊女性PRIMEの家族取材(2020年8月)
上野家の家訓は5つの言葉
週刊女性の取材では、上野家の家訓として次の5つが紹介されています。
- 「はい」という素直な返事
- 「すみません」という謝る気持ち
- 「私がします」という積極性
- 「おかげさまで」という謙虚さ
- 「ありがとう」という感謝
習い事は娘のやりたいことを尊重しながら、人としてのふるまいには厳しい家庭でした。
上野由岐子の父親・正通さん 投球ネットを作り、礼儀を教えた父
「仕事より家庭が第一」 娘の習い事を支えた会社員の父
父の正通さんは会社員です。「仕事より家庭が第一」という考えで、書道、ピアノ、水泳など、娘が興味を持った習い事を後押ししました。
父が作ったネットに向かって投げ込んだ
ソフトボールを始めてからは、週に4~5回クラブの練習に参加。それでも物足りず、家に帰るとランニングをしたり、父が作ってくれたネットに向かって投げたりしていたそうです。
2026年1月の高崎のイベントで、小学生から昔の練習について聞かれた上野さん自身が話したエピソードです。(上野由岐子が子供たちの質問に答えたソフトボールフェスタ|JOC)
1997年の全中決勝、ヘルメットを投げて叱られた
柏原中3年の1997年夏、全国中学校大会の決勝で相手投手を打てず、由岐子さんはヘルメットをグラウンドに投げつけました。会場で見ていた正通さんは、試合中にもかかわらず「道具に当たるとは何事か!」と一喝。
次の打席で由岐子さんはホームランを打ち、チームは全国優勝を果たしました。普段は優しい父から、勝負がかかったときこそ礼儀正しくふるまう大切さを学んだといいます。(上野由岐子の父が試合中に叱った理由|週刊女性PRIME)
上野由岐子の母親・京都さんは看護師

夜勤の多い常勤から非常勤の看護師へ
母の京都(みやこ)さんは看護師です。娘たちの子育てを優先し、夜勤の多い常勤の仕事を辞めて、非常勤のパート看護師になりました。
母の言葉「人の悪口は言わない」「人に好かれる人間になれ」
上野さんは家訓の中でも、特に母の言葉にハッとさせられることが多いと振り返っています。人の悪口は言わない、人に好かれる人間になれ。当たり前のような言葉が、自分が生きるうえでの指標になっていると話しています。(上野由岐子の母・京都さんと上野家の家訓|週刊女性PRIME)
高校時代の大けが、看護師の母も回復を支えた
九州女子高校時代、上野さんは体育の授業の走り高跳びで腰の骨を折り、シドニー五輪の代表入りを断念しました。選手生命も危ぶまれるけがでしたが、看護師である母の協力も得て回復し、競技に戻っています。(宇津木妙子さんが振り返る上野由岐子の高校時代|文藝春秋、看護師の母と乗り越えた大けが|Olympics.com)
「母にまた褒めてもらいたい」
上野さんは、自分が頑張ったときに母はすごく褒めてくれたと話しています。怒られたときも、その理由は自分が一番わかっていた。いつも自分を見てくれている母にまた褒めてもらいたいという思いが、大人になった今もあるそうです。(上野由岐子が語る母への思い|久活インタビュー)
まとめ 上野由岐子の結婚観と福岡の家族
- 2026年11月2日時点で、上野由岐子さんが結婚・出産を発表した記録はない
- 理想の結婚相手は「自分を特別視しない人」。2019年暮れには「国際結婚が夢」と語った
- 石島雄介さんとの結婚説や、結婚指輪の公表には根拠がない。東京五輪の指輪は宇津木麗華監督のお守り
- 実家は福岡市。会社員の父・正通さん、看護師の母・京都さん、2歳下の妹の4人家族
- 父が作ったネットで投げ込み、母の「人の悪口は言わない」を今も生きる指標にしている
44歳になった2026年も、上野さんはアジア大会7連覇のチームに名を連ね、現役を続けています。結婚や家族について新しい発表があれば、この記事を更新します。

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