木佐彩子さんと元プロ野球選手・石井一久さんの子供は、長男の幹大(かんた)さん1人です。2001年12月3日生まれで、2026年11月2日時点で24歳。高校は青山学院高等部で、野球部に所属していました。大学名や現在の職業は、本人も両親も公表していません。
この記事では、息子さんのことに加えて、木佐さんの実家の父母と兄、テレビで公開した自宅、仙台の家まで、本人の発言と報道で確認できたことだけをまとめます。
木佐彩子の子供は何人?息子・幹大さんは何歳?

子供は一人息子の幹大さんだけです。MLB公式サイトの石井一久さんのプロフィールには、妻の木佐彩子さんとの子供は1人で、名前はKanta、生年月日は「12/3/01」と記されています。米国式の表記で、2001年12月3日のことです。
木佐さんと石井さんは2000年3月に結婚し、2001年12月に長男が生まれました(スポーツ報知)。
2026年11月2日時点で24歳。12月3日の誕生日を迎えると25歳になります。漢字の「幹大」は、木佐さんのInstagramを紹介したオリコンニュースの記事にも出てきます。
生後まもなく渡米し、年中まで米国で子育て
幹大さんが生まれた翌2002年、石井さんはドジャースへ移籍しました。木佐さんは公文の子育て情報サイト「mi:te」のインタビューで、息子が年中くらいになるまで家族で海外に住んでいたと話しています。寝る前の絵本の読み聞かせを、親子の大切な時間にしていたそうです。
石井さんは2005年にメッツでもプレーしました。木佐さんは2025年のインタビューで、息子のベビーシッターをしてくれた人に会いに、またニューヨークへ行きたいと語っています。
11歳の息子が投げ、引退する父が受けた
2013年10月8日、西武ドームで行われた石井さんの引退セレモニーでは、当時小学6年生だった幹大さんがボールを投げ、石井さんが受けたと伝えられています。木佐さんもその場で見守っていました。
2024年10月、木佐さんは母の命日に、母が気に入っていた写真をInstagramで公開しました。写っていたのは、背番号17のユニフォーム姿の石井さんと、幼い幹大さんの後ろ姿です。
木佐彩子の息子の学校は青山学院?大学はどこ?

本人の発言で確認できる学校は、青山学院高等部です。木佐さん自身も高等部から青山学院大学文学部英米文学科へ進んだ卒業生で、親子2代で青学に通ったことになります。
毎朝2リットルのお弁当を持たせた野球部時代
2025年3月に公開された青山学院のウェブメディア「アオガクプラス」の校友インタビューで、木佐さんは高等部の野球部にいた息子のことを語っています。
指導を受けたのは、当時の高等部監督で、現在は青山学院大学硬式野球部を率いる安藤寧則さん。お世話になったのは短い期間だったそうです。木佐さんは毎朝2リットルのお弁当を作り、泥だらけで帰ってくる息子の姿がうれしかったと振り返っています。
大学は「本学出身」と紹介されただけ
同じ記事で、聞き手は息子さんを「本学出身」と紹介しています。ただし木佐さんが具体的に話したのは高等部時代のことだけ。大学名や学部、卒業年、大学で野球を続けたかどうかは書かれていません。
初等部や中等部から青学に通ったとするネット記事もあります。しかし、本人や両親の発言では確認できませんでした。
木佐彩子の子供は今何してる?息子の職業は?
2026年11月2日時点で、幹大さん本人や両親が現在の職業・勤務先を明かした発言は見当たりません。「大学を卒業して一般企業に勤めている」と書くネット記事もありますが、根拠は示されていません。芸能活動をしているという情報もありません。
息子が20歳を過ぎ、母が始めたサンクスツアー
木佐さんは2025年3月の校友インタビューで、息子が20歳を過ぎて自分のために使える時間が増えたと話しています。そこで、これまでお世話になった人にお礼を伝える「サンクスツアー」を企画し、第1弾を実施したそうです。息子さんの仕事や暮らしについては、この記事でも触れられていません。
木佐彩子の実家と家族構成|兄弟はお兄さん

木佐さんが話す実家の家族は、父、母、兄です。
アオガクプラスのプロフィールでは東京都出身と紹介されています。米国から戻った後、高等部を選んだ理由の一つは「自宅からのアクセスの良さ」だったそうです。
実家の区や町名は公表されていません。百科事典サイトでは鳥取県米子市生まれとも紹介されていますが、本人が出生地について語った発言は今回確認できませんでした。
結婚前のデートは実家のリビング
木佐さんは結婚するまで実家暮らしでした。2024年12月10日のフジテレビ『ぽかぽか』では、石井さんとの交際中、母から使っていいと言われたのはリビングとお手洗いだけだったと話しています(日刊スポーツ)。『めざましテレビ』の日は午前1〜2時に起きるため、試合後に少しだけ来てもらっていたそうです。
兄妹のLINEに届いた母の「ありがとう」
きょうだいとして発言に出てくるのはお兄さんです。CHANTO WEBのインタビュー(2024年1月)では、入院した母を見舞い、兄と病院から帰ると、兄妹のLINEに母から感謝のメッセージが届いたと語っています。両親を見送った後も、兄も自分も元気に前へ進めているそうです。
なお、2022年6月の投稿を紹介したねとらぼによると、木佐さんは石井さんの両親が元気でいることも報告していました。
木佐彩子の父親の職業・仕事は?商社勤務説の真偽

父親の勤務先は、鉄鋼メーカーの新日本製鐵(現・日本製鉄)です。木佐さんは2025年12月6日のInstagramで、父は東大から新日本製鐵に進んだと明かしました(デイリースポーツ)。
ネット上には「父親は商社マン」とする記事が複数あります。しかし、木佐さんが商社勤務を語った記録は見つかりません。本人が公表したのは製鉄会社です。
父が上場に関わった企業で、娘が司会
投稿のきっかけは、静岡県の旅館で開かれたエグゼクティブセミナーの司会でした。主催したのは、生前の父が上場の際に役員として関わった企業。当時の父を知る人たちから、厳しい一方でお茶目な面もあったと教えてもらったそうです。木佐さん自身は、父を「ガチガチ硬めなタイプ」と表現しています。
父の海外勤務で、小2から中2までロサンゼルスへ
木佐さんは父の海外勤務に伴い、小学2年から中学2年までロサンゼルスで暮らしました。公文教育研究会のインタビューによると、日本人がいない学校で最初の半年ほどはつらかったそうです。不安になると、一学年下にいた日系の子の教室をガラス越しにのぞいて、心を落ち着かせていました。
中学2年で父の任期が終わり、一家は帰国。日本語に自信がなかった木佐さんは、母に勧められて公文の教室に通ったそうです。
木佐彩子の母の年齢と死因は?闘病は約2か月

母は2021年10月下旬に亡くなりました。病気がわかって突然の余命宣告を受け、闘病は約2か月だったと木佐さんは語っています(CHANTO WEB)。亡くなったときの年齢と病名は、公表されていません。
時期は本人の投稿からわかります。2022年11月には「先月末に母が旅立って1年」と書き(オリコンニュース)、2024年10月には「今日で3年」と投稿しています。
最後まで気にかけていたのは父のこと
母は病気がわかるまで、体力の落ちた父を世話する側でした。闘病中、両親は木佐さんの家の近くにある老人ホームへ移ります。父が日中の数時間を娘の家で過ごせるようになると、母はとても安心していたそうです。
母はその後病院へ移り、兄妹のLINEに感謝を伝えてから3週間ほどで旅立ちました。木佐さんは闘病中、母に何度も感謝の言葉を伝えたと振り返っています。
2022年11月の投稿では、病床の母と手をつなぐ写真を公開。つらい闘病中にも笑える出来事がたくさんあったとつづっています(オリコンニュース)。
父も約8か月後に旅立つ
父は母を見送っておよそ8か月後に亡くなり、木佐さんは2022年6月にInstagramで報告しました(中日スポーツ)。ここ数年は両親が「守るべき存在」になっていたともつづっています。CHANTO WEBのインタビューでは、父の直接の死因は誤嚥性肺炎だったとされています。
木佐彩子の自宅の場所は?広尾のマンション説とテレビで公開した豪邸

夫婦の自宅の住所は公表されていません。2018年5月4日放送の『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)で都内の自宅が公開されましたが、場所は明かされていません。「広尾のマンションに住んでいる」とする記事もありますが、夫婦がそう話した記録は確認できません。
40畳のゴルフ部屋にクラブ100本以上
番組では、ゴルフクラブが100本以上並ぶ約40畳のゴルフ部屋が紹介されました。アプローチの練習に使う部屋で、隅には野球のバットが3本立てかけてあったそうです(ザテレビジョン)。
Sirabeeの記事は、都内の一等地にある90坪の豪邸で、リビング40畳、テラス12畳だったと伝えています。倉庫には200本近いペットボトル飲料やトイレットペーパーが並び、16台の監視カメラや隠し金庫まであったそうです。
番組情報の「広尾」はステーキ店の所在地
この回の放送情報には「広尾」という地名が出てきます。ただし、これは同じ回にギャル曽根さんと訪れたステーキ店「NICE TO MEAT YOU. KODAMA」の所在地(渋谷区広尾)です。この情報から夫婦の自宅の場所やマンション名はわかりません。
木佐彩子と仙台の関係は?夫の単身赴任中に通った家

仙台は、夫の石井さんが東北楽天ゴールデンイーグルスの監督時代に単身赴任していた街です。監督に就任したのは2021年でした。
2021年7月の『婦人公論』の対談で、木佐さんは週末だけ仙台へ行き、おかずの作り置きや掃除をしていると話しています。
キッチンから紅葉の山が見えた仙台の家
2021年11月23日付のInstagramでは、仙台の家のキッチンから見える紅葉の山を公開しました(デイリースポーツ)。夕方早めにお風呂に入り、冷えたビールを飲みながら自分のおつまみを作ると、それが後で夫の夕食になる。そんな過ごし方がお気に入りだと書いています。
石井さんは2023年まで監督を務め、その後も楽天の球団幹部として仕事を続けています(2026年6月時点の肩書きはGM)。
まとめ|木佐彩子の子供は息子|年齢・学校・職業?実家家族の父の職業は商社や母、自宅場所は広尾の豪邸?
木佐彩子さんの子供は、石井一久さんとの間に生まれた長男・幹大さん1人です。2001年12月3日生まれで、2026年11月2日時点で24歳。年中まで米国で育ち、11歳で父の引退セレモニーに登場しました。青山学院高等部では野球部に所属。大学名や現在の職業は公表されていません。
実家は父・母・兄の家族です。父は東大から新日本製鐵へ進み、その海外勤務で一家はロサンゼルスに住みました。商社勤務説には本人の裏づけがありません。母は2021年10月、約2か月の闘病の末に亡くなり、年齢と病名は非公表。父も翌2022年に他界しています。
自宅の場所は公表されておらず、番組情報の「広尾」は同じ回に出た飲食店の所在地です。仙台の家は、夫の監督時代に木佐さんが週末を過ごした住まいです。
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