石井琢朗さんの嫁(妻)は、元フジテレビアナウンサーの荒瀬詩織さんです。2人は2001年8月に結婚しました。石井琢朗さんにとっては再婚で、元嫁は元CoCoの瀬能あづささん。1996年に結婚し、2000年に離婚しています。
子供は3人。2002年生まれの長女、2005年生まれの次女・石井さやかさん、2013年生まれの長男で、全員が詩織さんとの間に生まれました。瀬能さんとの間に子供はいません。次女のさやかさんは、2024年の全日本テニス選手権を制したプロテニスプレーヤーです。
2026年シーズンから巨人の二軍監督を務める石井さん。詩織さん本人が綴った手記や父娘のインタビューなど、本人と家族が公にした情報をもとに、家族の歩みをたどります。「娘 上原」「岡村孝子」という少し意外な検索候補が出てくる理由も、後半で整理しました。
石井琢朗の家族構成|嫁・元嫁・子供を早見表で確認
まずは全体像から。公表されている範囲で、家族の情報を一覧にしました。
| 続柄 | 名前 | 結婚・誕生の時期 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 嫁(現在の妻) | 荒瀬詩織さん | 2001年8月に結婚 | 元フジテレビアナウンサー。徳島県出身 |
| 元嫁(前妻) | 瀬能あづささん | 1996年結婚、2000年離婚 | 元CoCoメンバー。2人の間に子供はいない |
| 長女 | 非公表 | 2002年7月生まれ | 一般の方。名前や近況は公表されていない |
| 次女 | 石井さやかさん | 2005年8月31日生まれ | プロテニスプレーヤー(ユニバレオ所属) |
| 長男 | 非公表 | 2013年7月生まれ | 家族が広島で暮らしていた時期に誕生 |
長女と長男の名前を載せているサイトもありますが、本人や家族が公表したものは見当たりません。そのため本記事では名前を伏せています。
結婚・再婚・子供の誕生を年表で整理
石井家は、父の移籍や子供たちの進路に合わせて、東京と広島を行き来してきました。主な出来事を時系列で並べると次のとおりです。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1996年 | 瀬能あづささんと結婚 |
| 2000年 | 瀬能さんと離婚 |
| 2001年8月 | 荒瀬詩織さんと再婚 |
| 2002年7月 | 長女が誕生 |
| 2005年8月 | 次女・さやかさんが誕生 |
| 2009年 | 広島へ移籍。家族は東京に残り、単身赴任に |
| 2013年初め | 家族が広島へ移り、一緒に暮らし始める |
| 2013年7月 | 長男が誕生 |
| 2014年9月 | 詩織さんと長女・長男が東京へ。のちに次女も戻る |
| 2018年 | ヤクルトのコーチに就任し、生活の拠点を東京に戻す |
| 2023年3月 | さやかさんがプロ転向 |
| 2024年10月 | さやかさんが全日本テニス選手権で初優勝 |
| 2026年 | 巨人の二軍監督に就任 |
石井琢朗の嫁は元フジテレビアナウンサーの荒瀬詩織さん

2001年8月に再婚|徳島出身で、結婚後は大学で臨床心理を学んだ
石井さんが荒瀬詩織さんと再婚したのは2001年8月。横浜の1番打者として、2度目の最多安打を獲得したシーズンのさなかでした。結婚は、石井さんが当時『週刊ベースボール』で連載していたコラム「疾走!琢朗主義」で報告されています。
詩織さんはフジテレビのアナウンサー出身で、2023年4月のNumber Webの記事では47歳と紹介されています。ただ、在籍期間や担当番組を裏付ける資料はほとんど残っていません。「野球番組の担当で知り合った」という説もネットで見かけますが、本人の発言では確認できないため、ここでは取り上げません。
詩織さんの人柄がよく伝わってくるのは、2017年12月に詩織さん本人が現代ビジネスに寄せた手記です。石井さんの広島時代から東京に戻るまでの経緯が、妻の目線でつづられています。
手記によると、詩織さんは徳島県の生まれ。夫の故郷・栃木と同じく自然の多い土地で育ったので、広島の暮らしは肌に合ったと振り返っています。2009年に石井さんが広島へ移籍したころは、大学に戻って臨床心理を学んでいる最中でした。家族がすぐに広島へ移らなかったのは、この学業と、翌年も契約があるか分からない自由契約での移籍という事情が重なったためです。
単身赴任と遠征続きの家族を支えた「タフな母ちゃん」
広島での単身赴任は、結果的に4年近く続きました。ビデオ通話がまだ身近ではなかった時代です。娘たちは毎日のように父へ手紙を書き、手記にはその手紙の写真も添えられています。
2012年に現役を引退すると、石井さんは家族と暮らすために広島を離れることも考えました。一方で、夫がまだカープで指導を続けたいと思っていることを、詩織さんは分かっていました。夫婦で話し合って選んだのは、家族のほうが広島へ移る道です。2013年の初めに娘2人を連れて広島へ移り、その年の7月に長男が生まれました。
さやかさんがテニスで世界を転戦するようになると、母の役割はさらに大きくなります。Number Webの父娘インタビュー(2023年4月)の見出しには「あんなタフな母ちゃんはいない」という言葉が掲げられ、父と娘がそろって母の支えに感謝しています。同じ記事によれば、2022年6月に石井さんが札幌入りしたあとに体調を崩して入院した際(左小脳梗塞と診断)、詩織さんはパリから札幌へ向かったそうです。
石井琢朗の元嫁は元CoCoの瀬能あづささん

1996年に結婚、2000年に離婚|2人の間に子供はいない
元嫁の瀬能あづささんは1973年4月3日生まれ、神奈川県厚木市の出身です。1989年、フジテレビの番組『パラダイスGoGo!!』から誕生したアイドルグループ・CoCoの結成メンバーとしてデビューしました。1991年には「もう泣かないで」でソロデビュー。1992年の日本武道館公演を最後にCoCoを離れ、1995年に芸能界を引退しています。
石井さんと結婚したのは1996年です。石井さんが三塁手から遊撃手に転向し、1番打者に定着していったシーズンでした。ただ、結婚生活は4年ほどで終わり、2000年に離婚。2人の間に子供はいません。
「石井さんとの結婚を機に芸能界を引退した」と紹介されることがありますが、引退は結婚の前年です。離婚後の2003年には「AZU」名義でネット限定のCDを発売し、2004年には写真集も出しました。現在の活動や近況は公表されていません。
瀬能あづさとの離婚理由は公表されていない
「石井琢朗 瀬能あづさ 離婚理由」で調べる人は少なくありません。しかし、離婚の理由は石井さん、瀬能さんのどちらからも語られていません。
ネット上には、当時の週刊誌報道をもとに原因を推測する記事もあります。いずれも本人の説明に裏付けられたものではないため、本記事では取り上げていません。
はっきりしているのは、石井さんが離婚の翌年に詩織さんと再婚し、そこから25年にわたって同じ家庭を築いてきたことです。
石井琢朗の子供は何人?長女・次女・長男の3人兄弟
石井さんの子供は3人です。娘2人と息子1人で、全員が詩織さんとの間に生まれました。さやかさんの全日本選手権優勝を伝えたスポーツ報知の記事でも、家族は両親と姉、弟の5人家族と紹介されています。
ただ、家族5人がひとつ屋根の下でそろっていた期間は、意外なほど短いものでした。広島で長男が生まれた2013年7月から、詩織さんと長女・長男が東京へ戻った2014年9月まで。その後は再び、父だけが広島に残る生活に戻っています。
2017年に石井さんがカープを退団した背景には、詩織さんが手記に書いた「家族5人で一緒に住めるのは今だけではないか」という夫婦の思いがありました。高校進学を控えた長女、プロを目指す次女、まだ幼い長男。子供たちがそれぞれの道に進む前に、家族で暮らす時間をつくろうと決めたのです。
石井琢朗の長女|2002年7月生まれ、名前や近況は非公表
長女は2002年7月生まれです。一般の方なので、名前や学校、仕事は公表されていません。
手記から分かるのは、いくつかのエピソードだけです。父が広島へ単身赴任した2009年の春に小学1年生になり、覚えたてのひらがなで父に手紙を書くのが日課だったこと。広島での生活を経て、「東京の中学に進みたい」という本人の希望で2014年に東京へ戻ったこと。
妹と一緒に週5回テニスを習っていた時期もありました。中学3年生だった2017年の時点ではテニスをやめ、将来やりたいことに向けて大学進学を目指す勉強に打ち込んでいたそうです。
石井琢朗の息子(長男)|2013年7月、広島時代に誕生
長男は2013年7月、家族が広島で暮らしていた時期に生まれた末っ子です。姉2人とは年が離れています。
生後1年ほどで、母や長女と一緒に東京へ戻りました。2017年当時4歳だった長男について、詩織さんは手記で、運動が得意ではない自分と一緒だと家の中の遊びが多くなると書いています。父が長男と遊べる時間は限られている。そうした事情も、家族5人で暮らす決断につながりました。
名前や通っている学校、野球などのスポーツに取り組んでいるかどうかは公表されていません。
石井琢朗の娘・石井さやかはプロテニス選手

石井さんの娘として最も知られているのが、次女の石井さやかさんです。2005年8月31日生まれ、東京都出身。175cmの長身から打ち込むフォアハンドが武器の右利きで、バックハンドは両手打ちです。所属はユニバレオで、16歳からは米フロリダ州のIMGアカデミーを練習拠点にしています。
5歳でテニスを始め、全豪オープンジュニアで単複ベスト4
テニスを始めたのは5歳のとき。最初は姉と一緒に通う習い事でしたが、広島で良いコーチと出会ってから一気にのめり込みました。所属先ユニバレオの公式プロフィールによると、9歳で全豪オープンとウィンブルドンを観戦したことが、世界で戦うプロを目指すきっかけになったそうです。海外遠征は小学3年生から始めています。
ジュニア時代の主な成績は次のとおりです。
| 時期 | 成績 |
|---|---|
| 2017年 | 全日本ジュニア12歳以下で準優勝 |
| 2022年 | 全日本ジュニア18歳以下で優勝 |
| 2022年11月 | ビリー・ジーン・キング・カップ日本代表に初選出 |
| 2023年1月 | 全豪オープンジュニアで単複ともにベスト4 |
| 2023年1月 | ITFジュニア世界ランキングでシングルス自己最高8位 |
| 2023年3月 | 17歳でプロ転向を発表 |
ジュニア時代には、サッカー元日本代表・久保竜彦さんの娘とダブルスを組んでいたことも報じられています。
2024年に全日本選手権で初優勝、手首のケガを経て再出発
プロ転向直後の対談では、20〜21歳で世界のトップ100に入り、22〜24歳でグランドスラムに出場したい、目標は優勝だと語っていました。
最初に大きな結果が出たのは、プロ2年目の2024年です。4月に大阪の「富士薬品セイムス ウィメンズカップ」でプロ初タイトルを獲得。10月11日には全日本テニス選手権の決勝で齋藤咲良選手を破り、初優勝を飾りました。19歳1か月での優勝で、10代の女王は11年ぶりです。その直後、東京で開かれたWTA500の東レ・パンパシフィック・オープンでもベスト8に進んでいます。
2025年に入ると、全豪オープンの予選で2回戦まで勝ち上がりました。3月には世界ランキングで自己最高の188位(3月17日付)に到達し、WTA1000のマイアミ・オープンでは本戦のワイルドカードを受けています。
順調だったキャリアを止めたのが、手首のケガでした。2025年のウィンブルドン予選を終えたあと、手首の軟骨の炎症を治すため約8カ月ツアーを離れています。21歳で迎えた2026年は世界600位台からの再出発となり、国内外のITF大会を転戦しながらランキングを取り戻している途中です。
「ヤクルト移籍はさやかのため」父と娘のエピソード
カープがリーグ連覇を果たした2017年の10月、石井さんは退団を発表しました。当時は「家族のため」とだけ報じられましたが、Number Webの父娘対談(2023年4月)で、ヤクルトへの移籍は娘のためだったと石井さん自身が明かしています。プロを目指すさやかさんの練習環境を考え、2018年に生活の拠点を東京へ戻したのです。
詩織さんの手記には、進路をめぐるやりとりも出てきます。母としては、テニスがうまくいかなかったときに備えて、受験なしで進める附属中学に通わせたい気持ちがありました。それに対して石井さんは、逃げ道を残すべきではないと主張。本人もそれを望み、テニスに打ち込むため公立中学へ転校しました。
プロ転向の会見では、これまでは石井琢朗の娘として紹介されてきたが、これからは石井さやかの父親が元プロ野球選手だったと言われるように頑張りたい、と宣言しています。
当の父は、娘の試合を見るのが苦手なようです。ジュニアの試合を見に行くといつもハラハラして落ち着かず、詩織さんからは「パパが見たらさやかが負けるから見ないで」と言われている、と苦笑いしていました。
「石井琢朗 娘 上原」と検索される理由

先に結論を書くと、さやかさんと上原浩治さんの家族の間に、結婚や親族関係はありません。この検索候補は、両家の子供同士の縁から生まれたものです。
接点はIMGアカデミーにあります。上原さんの長男は、米フロリダのIMGアカデミーで野球を学んでいたことで知られています。さやかさんも16歳から同じアカデミーを拠点にしており、子供たちを通じて親同士の距離も縮まりました。
2022年2月、上原さんは公式ブログに「石井琢朗さん」と題した記事を投稿し、急に関係が近くなったこと、親としては子供のことが気になるものだ、という趣旨のひと言を添えました。同じころ、石井さんは上原さんのYouTubeチャンネル『上原浩治の雑談魂』にゲスト出演しています。同年10月には、上原さんが宮本慎也さんとの対談動画で、行く先々で結果を出すコーチとして石井さんの手腕に触れる場面もありました。
こうした流れから、「さやかさんが上原家に嫁いだのでは」と気になって調べる人もいるようです。ですが、交際や婚約、結婚が公表された事実はありません。元プロ野球選手同士が、子供を通じて家族ぐるみの付き合いをしている、という話です。
FAQ(よくある質問)
まとめ:石井琢朗の嫁は元フジアナ荒瀬詩織|元嫁・瀬能あづさとの離婚理由と子供何人(娘・息子)と上原との関係
石井琢朗さんの妻(奥さん)は荒瀬詩織さんで、前妻は瀬能あづささん。結婚と再婚の時系列は「1996→2000→2001年8月」で、子供は3人(2女1男)です。
次女の石井さやか選手は2023年にプロ転向し、2024年10月11日に全日本テニス選手権99thの女子シングルスで初優勝しています。2026年シーズンは巨人の二軍監督として新しい挑戦が始まります。
出典メモ 出典メモ: 読売ジャイアンツ公式(2025年11月4日)/Number Web(2023年4月17日)/デイリースポーツ(2023年3月20日)/日本テニス協会JTA(2024年10月11日)
リンクせずに事実確認に使った資料
- 石井琢朗(Wikipedia):結婚・離婚・再婚の年、子供の誕生年月、指導歴、2022年の入院、「石井琢」表記
- 石井さやか(Wikipedia)とSayaka Ishii(英語版):自己最高188位(2025年3月17日)、IMG拠点、全日本優勝
- スポーツ報知の全日本優勝記事(dメニュー掲載):19歳1か月、11年ぶりの10代女王、5人家族
- THE DIGESTの再出発記事(Yahoo!ニュース):手首のケガで約8カ月離脱、651位からの再出発
- テニスマガジンのマイアミ本戦WC記事:WTA1000デビュー、東レPPOでの8強
- Number Webの二軍監督インタビュー(2025年12月):DeNAが最後の場所と考えていたこと、丸・鈴木誠也らの育成
- 岡村孝子(Wikipedia)と四国新聞の離婚報道(2003年10月9日):1997年1月結婚、同年9月に長女誕生、2003年9月離婚
- 上原浩治(Wikipedia)と上原浩治公式ブログ(2022年2月8日):長男のIMGアカデミー在籍、「石井琢朗さん」投稿
- しらべぇの雑談魂記事(2022年10月):宮本慎也さんとの対談で石井さんに言及
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