横浜DeNAベイスターズの山崎康晃投手は、2026年11月2日時点で結婚を発表しておらず、独身です。2022年12月には写真週刊誌が一般女性との交際を報じましたが、本人は同居を否定しています。
家族は、日本人の父とフィリピン出身の母・ベリアさん、2歳上の姉・麻美さんです。両親は山崎投手が小学3年生のときに離婚し、母が女手一つで2人を育てました。その母は約3年の闘病の末、2021年10月28日に51歳で亡くなっています。
- 結婚・嫁(妻):していない。入籍・婚約の発表はない
- 彼女:2022年に一般女性「Mさん」との交際報道。本人は結婚について「まだ」と回答
- 両親:日本人の父とフィリピン出身の母(日本とフィリピンのハーフ)
- 母の死因:病名は公表されていない
- 兄弟:2歳上の姉が1人
- 実家:東京都荒川区出身
山崎康晃は結婚している?嫁・妻はいる?

山崎投手は結婚しておらず、嫁(妻)もいません。本人のSNSや球団から入籍・婚約の発表はなく、子どもがいるという報道も確認できませんでした。
1992年10月2日生まれの34歳です。2023年1月配信の『FRIDAY』の直撃取材では、自ら「まだ独身ですし」と笑って答えています(FRIDAYデジタル)。同じ取材では、6年契約を結んだばかりで、今は横浜で優勝することだけを考えているとも話していました。
「結婚式」の話題は知人の挙式に出席した2017年の投稿
「山崎康晃 結婚式」で検索されるのは、2017年12月17日のツイッター(現 X)投稿がきっかけとみられます。知人の結婚式に出席したスーツ姿を公開し、結婚式の出席は2回目でご祝儀もきちんと渡せたと報告したものです(CYCLE)。本人の挙式や招待状に関する投稿ではありません。
山崎康晃の彼女は?交際報道と本人の発言

現在確認できるのは、2022年12月に報じられた一般女性「Mさん」との交際です。その後、結婚や破局を伝える報道は出ていません。
2022年のFRIDAY報道:お相手は一般女性のMさん
『FRIDAY』(2022年12月16日号)は、山崎投手がMさんと彼女の両親を車に乗せて出かける様子を報じました(FRIDAYデジタル)。記事が知人の話として伝えたお相手の情報は次のとおりです。
- 福岡出身で、山崎投手よ3〜4歳年上
- 日本代表の試合で福岡を訪れた際の飲み会で知り合い、交際は4〜5年
- 航空会社のグランドスタッフだったが、母を亡くした山崎投手を支えるため退職を決めた
いずれも知人の証言で、本人は、相手が一般の方であることを理由に出会いの経緯を語りませんでした。
本人は同居を否定、結婚は「まだ」
記事の見出しは「同棲」でしたが、山崎投手本人は仲が良いことを認めたうえで、一緒には住んでいないと説明しています。撮影された家についても、亡くなった母の家だと話していました。
結婚を問われると「結婚とかはまだ……」と答え、家族や友人を含めて周りの人を全員守りたいと、守護神らしい言い回しで続けました。それから約3年たった2026年11月時点でも、二人の関係について新しい報道はありません。
2017年にも交際報道があったとされる
2017年9月発売の『FRIDAY』で一般女性とのデートが報じられ、本人が交際を認めたと伝える記事があります。ただし当時の記事本文は確認できず、2022年のMさんと同じ女性かどうかも報じられていません。
田中みな実さん・ダレノガレ明美さんとの噂は?
田中みな実さんの名前が挙がるのは、TBS系『ジョブチューン』のプロ野球選手特集で共演したことがきっかけです。2019年12月28日の放送回には二人とも出演し、山崎投手は「いま一番好きな女性タレント」への告白企画に参加しています(SPREAD、ザテレビジョン)。番組上のやりとりで、交際報道はありません。田中さんは2026年6月29日、亀梨和也さんとの結婚を発表しています(秋田魁新報/オリコン)。
モデルのダレノガレ明美さんとの噂もネット上で語られますが、交際を報じた報道や本人の発言は確認できませんでした。
山崎康晃の家族構成と両親|日本とフィリピンのハーフ

山崎投手は、日本人の父とフィリピン出身の母のあいだに生まれました。両親は小学3年生のときに離婚し、その後は母・姉との3人で暮らしています(Number Web)。
| 続柄 | 名前 | わかっていること |
|---|---|---|
| 父 | 非公表 | 日本人。料理人で、少年野球チームでは息子を指導。小学3年生のときに離婚 |
| 母 | ベリアさん | フィリピン出身。2021年10月28日に51歳で死去 |
| 姉 | 麻美さん | 2歳上。母の闘病を一緒に支えた |
| 母方の祖母 | 非公表 | フィリピン在住。母の闘病中に来日し、親子三代で過ごした |
| 妻・子ども | ― | いない(2026年11月時点) |
ハーフであることへの本人の思い
子どものころは、健康保険証の名前がローマ字だったり、ひとり親の申請書類を目にしたりするたびに、自分の家はほかの家庭と違うのではと感じ、コンプレックスだった時期もあったそうです。
それでも現在は、日本とフィリピンの2つのルーツを誇りにしています。自分の生い立ちについては、「半分、ではなく、2倍の可能性」をもらったと表現しています。
山崎康晃の父親はどんな人?
父親は日本人で、名前や現在の様子は公表されていません。本人が語ったところでは料理人で、山崎投手が通った少年野球チームで指導もしていました(Number Web)。
野球を始めたのは小学2年生のころです(Wikipedia)。小学3年生で両親が離婚してからも、少年野球は離れて暮らす父と会える時間でもあったといいます。父について本人が公に語ることは多くなく、体験談の多くは母との話です。
山崎康晃の母親・山崎ベリアさんはどんな人?

母親はフィリピン出身で、報道では「ベリアさん」と紹介されています。8人きょうだいの下から2番目で、出稼ぎで来日して日本人の父と結婚しました。息子が大人になってからも、フィリピンの家族への仕送りを続けていたそうです(Number Web)。
昼も夜も働き、2人の子どもを育てた
離婚後は、朝は工場で働き、いったん帰宅して子どもの夕食を作ってから、夜は飲食店へ出勤する生活でした(Number Web)。帝京高時代に山崎投手が野球部を辞めかけたときは、母が叱りながら引き止め、監督にも頼み込んだというエピソードもあります(文春オンライン)。
プロ1年目の2015年には、一度も故郷に帰っていない母をフィリピンへ連れて行くのが夢だと語っていました(Number Web)。ただし、後年はコロナ禍もあって実現しなかったと明かしています。
息子の野球人生を支えたエピソード
- プロ初セーブの記念球:2015年3月31日の広島戦(横浜スタジアム)で挙げた初セーブのボールを、その場で母に手渡した(デイリースポーツ)
- 金のネックレス:2021年の東京五輪の前に母から贈られ、金メダルを取ったあともお守りとして身に着けている(カナロコ)
- グラブの「Belle」:2022年にはグラブの手首付近に「Belle」の文字を入れて投げ、「お母さんと一緒に戦っている」と語った(カナロコ)
- 誕生日の投稿:母の誕生日の1月16日に、幼いころの写真と英語のメッセージをXに投稿した(2024年)
2021年オフに国内FA権を行使せず残留した際も、家族の後押しがあったと語っています(カナロコ)。
山崎ベリアさんの死因は?山崎康晃の母が亡くなるまで

母・ベリアさんの死因となった病名は公表されていません。わかっているのは、重い病気で約3年闘病し、2021年10月28日に51歳で亡くなったことです(Number Web)。本記事でも、公表されていない病名を推測では書きません。
余命2年の告知から約3年の闘病
山崎投手が2023年に初めて明かした話では、最初に告げられた余命は2年でした。そこから家族で次のように支えたそうです。
- 姉と協力し、同じマンションに部屋を2つ借りて看病した
- フィリピンから当時89歳ごろの祖母(母の母)を呼び寄せ、親子三代で過ごした
- 闘病はチームメイトには明かさず、緊急時に備えて球団幹部とマネージャーにだけ伝えていた
母は毎年、沖縄・宜野湾の春季キャンプを見に行くのを楽しみにしていました。闘病中に「キャンプに行きたかったな」と漏らしたのを聞き、山崎投手は1人で沖縄へ飛びました。那覇空港で母の好物だったA&Wのハンバーガーとルートビアを買い、約40分の滞在でその日のうちに戻ったといいます(Number Web)。
母の死後に達成した史上最年少200セーブ
母を亡くした翌年の2022年8月、山崎投手は史上最年少の29歳10カ月で通算200セーブを達成しました。プロ野球選手になったことを一番喜んでくれたのが母だったと振り返り、記録を母にささげています(カナロコ)。この年は37セーブ、防御率1.33と完全復活を果たしました。
山崎康晃の兄弟は2歳上の姉・麻美さん
山崎投手のきょうだいは、2歳上の姉・麻美さんの1人です。母はこの姉弟2人を女手一つで育てました(Number Web)。兄や弟がいるという報道はありません。
姉は母の闘病中、山崎投手と一緒に母を支えました。一般の方のため、仕事や結婚などの個人的な情報は公表されていません。
山崎康晃の実家は東京都荒川区
山崎投手は東京都荒川区の出身です。帝京高に進学するまでは、母と姉の3人で暮らしていました(Wikipedia)。家計を支えたのは、昼も夜も働く母でした。
プロ入り後も、年末年始に母校・帝京高のグラウンドで練習したことが報じられています(カナロコ)。2022年の週刊誌報道で撮影された邸宅については、本人が亡き母の家だと説明しています。実家や自宅の所在地は公表されておらず、本記事でも扱いません。
山崎康晃のプロフィールと2026年の現在
プロ12年目の2026年は23試合に登板し、14セーブを挙げました。通算は246セーブで、250セーブまであと4です(NPB)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 山﨑康晃(やまさき・やすあき) |
| 生年月日 | 1992年10月2日(34歳) |
| 出身地 | 東京都荒川区 |
| 身長・体重 | 179cm・88kg |
| 投打 | 右投右打 |
| 経歴 | 帝京高 → 亜細亜大 → 横浜DeNA(2014年ドラフト1位) |
| プロ初登板 | 2015年3月28日・巨人戦 |
| 主なタイトル | 新人王(2015年)、最多セーブ(2018・2019年) |
| 代表歴 | 東京五輪 金メダル(2021年) |
| 契約 | 2023年からの6年契約(2022年11月の報道で推定年俸3億円。本人は金額を非公表) |
| 通算成績 | 586試合、22勝42敗246セーブ96ホールド、防御率2.98(2026年シーズン終了時) |
2025〜2026年の歩み(新しい順)
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2026年10月 | フェニックス・リーグで調整し、26日に日本シリーズのため1軍に合流(日刊スポーツ)。シリーズはソフトバンクが4勝0敗で日本一 |
| 2026年7月3日 | 不振のため出場選手登録を抹消(NHK) |
| 2026年開幕 | 日替わり守護神制のもとで抑えを担い、年間は0勝3敇14セーブ、防御率6.10 |
| 2025年オフ | 10月から約15キロ減量してキャンプに臨んだ(Full-Count) |
| 2025年 | プロ入り後最少の17試合、0勝3敗1セーブ、防御率4.20 |
2025年の契約更改では、低迷した一年を振り返り「グラウンドに行きたくないなという日もありました」と本音を明かしています(デイリースポーツ)。6年契約は2027年が5年目にあたります。
まとめ:山崎康晃は独身、野球人生の支えは母と姉
- 結婚・嫁・妻:2026年11月2日時点で結婚の発表はなく、独身
- 彼女:2022年に一般女性Mさんとの交際が報じられた。本人は同居を否定し、結婚は「まだ」と回答
- 両親・ハーフ:日本人の父とフィリピン出身の母。小学3年生で両親が離婚
- 父親:料理人で、少年野球の指導者。名前は非公表
- 母親(山崎ベリアさん):昼夜働いて2人を育てた。2021年10月28日に51歳で死去し、病名(死因)は非公表
- 兄弟:2歳上の姉・麻美さんが1人
- 実家:東京都荒川区出身
初セーブのボール、金のネックレス、グラブの「Belle」と、山崎投手のエピソードにはいつも母が登場します。結婚など新しい発表があれば、この記事に追記します。
球団別に家族の記事を探す
DeNAの選手・OBの妻と家族一覧

あわせて読みたい選手・家族の記事
- 今永昇太の結婚と家族
横浜・DeNAにゆかりのある選手・家族の関連記事です。 - 三浦大輔の結婚と家族
横浜・DeNAにゆかりのある選手・家族の関連記事です。 - 牧秀悟の結婚と家族
横浜・DeNAにゆかりのある選手・家族の関連記事です。

コメント